小説

『白雪姫解放戦線』蔵原先(『白雪姫』)

 

 

 あ、生きてる、私。

 目は開かないけど、何が起きてこうなったのか、分かる。リンゴ売りのリンゴを食べたらこうなった。喉に違和感。リンゴが引っ掛かってる。飲み込む前に気絶したんだ。

 喉を通っていないのなら、もうすぐ目が覚めるのかしら。

「どうか!お願いします!」

 こびとの懇願する声がする。

「この娘を王子様の口づけで、何とか」

 この子達、きっと私が死んだと思い込んでるんだ。私、生きてる。

 ああ、でも王子様の口づけで目覚めるのも悪くないかもしれない。もうすぐ喉から出てくるけれど。このまま死んだフリしとこうかな…。

「…不憫だとは思うよ。でも、四度目だろ」

 若い男の声。このお方、王子様?

「大体、絶対開けるなって言われていたドア開けるとか、危機感がなさすぎる。たかがリンゴだろ。どれだけ腹減ってたんだよ」

 は…?

「…ちゃんと食べさせてはいたんです」

「若いから食欲だけは人一倍で…」

「…あっ、でもほら見てください、美人でしょう」

 王子が深いため息を吐いた。

「口づけはいいけど、もし起きたら結婚しなきゃいけないだろ。こんな女と一緒になったら、大変っていうか…」

「…それは、まあ、はい」

「顔も量産型だし、正直そこまでタイプじゃないかな。悪いけど…」

「…そうですか」

「もし気が変わったら、ここに置いとくんで、お願いしまーす…」

 しばらくすると王子様、馬に跨がって、どこかに行ってしまわれた。

 王子様が去ると、こびと達、苦笑いしながら、

「これで三人目。どうするよ」

「この際、本当の事話すのをやめたらどうだ?俺達の制止を振り切って食欲に我慢できずリンゴを…」

「王子からしてみりゃ、口づけ即結婚だろ。結婚したらどうせこいつが馬鹿女だって分かるんだから。下手したらよくも騙しやがってって、俺達のところに乗り込んでくるかもしれない」

「ったく…間抜けなだけじゃなくて、家事もさっぱりだしな…」

 え…こいつら、私の料理や洗濯、いつも褒めてくれてなかったっけ。

「城を追い出されてこの家にやって来た時だって、勝手に上がり込んでさあ」

「俺達の飯を勝手に食ったあげく、ベッドで鼾かいてたもんな…」

「厚かましい」

「だからこのザマなんだろ」

「普通の男はこんな女選ばない。王子だったら尚更だ。何でも最近の女は政治にも口出すらしい」

「お妃なんかそうだよな」

「顔だけは可愛いんだから、一国の姫じゃなかったら囲ってもらうことも出来ただろうに」

「タチ悪いよな、本当」

 煙の匂い。こびと達、私の顔の上で煙草をふかしてる。

「女の若い貴族はたとえ死んでも、一度だけ復活のチャンスが与えられているんだそうな。体も十年は腐敗しないとか。王子の口づけで生き返ることが出来るんだって」

「初めて知ったよなあ。そんな特権があるんですねえ、貴族様は」

「お妃は生粋の貴族じゃないからこの事を知らなかったんだ。だから今でも姫が死んだと思い込んでる」

「今の間は良いとして、三年もしたらこの女、糞尿垂れ流すらしいから、俺達が始末しなくちゃならない。それまでには何としても王子にくれてやらないと」

「十年経ったらアラサーだぜ。外見の商品価値も下がってくるじゃないか。馬鹿なだけじゃなく、年とって見た目もあれとなると…」

 私の頬を、こびとが指でパチンと跳ねた。

「おいやめろよ。傷がつく」

「俺、親の下も世話したことないんだぞ」

 しばらく沈黙が流れた。

「どこかに捨ててしまおうか…」

「待て」

 こびとの一人が制した。

「忘れたのか。この女が倒れた時に王様に報告したら、面倒見るように頼まれたから、今こうしているんだろ」

「…」

「王様の望みはこの女が小さな国の王子と結婚して、誰の目にも止まらずひっそり暮らすこと。そのために俺達、金と女を当てがってもらったじゃないか」

 …は?

「やっぱり王様も実の娘は可愛いのか」

「あんなことしておいて…」

「あんなこと?」

「何だお前知らないのか。今のお妃と共謀して、前のかみさん殺したって噂」

「ヒエー…」

「白雪姫の殺人も、表向きはお妃に協力したことになってるらしいよ。死体が腐らないのが分かってたから、協力したんだ」

「影で姫を逃がしまくってたのは王様か。お妃の味方のフリして」

「善人ぶってるけど、ありゃ相当なワルだよ」

「国民の前では存在感まるでなし。お妃の操り人形だと思われてる」

「お妃って魔法の鏡持ってるんだろ?あれで操られてるんじゃないのか」

 聞いていたこびと達がプーッと噴き出して、

「魔法の鏡なんて信じてるのか、お前」

「あれはお妃が気が触れてるフリしてるんだよ」

「精神を患って、可哀想がられたいんだよ」

「そうそう。さっきの王子見て分かったろ。今時、女に美醜なんて求めない。単にこの女が邪魔だったから殺しただけ」

 今度はいきなり鼻をつままれた。

「大体見てみろ。そこまで美しいか」

「顔だけ見たら、可愛い部類だろ」

「若いからってのもあるな」

「頭の悪さまではカバー出来ないけど…」

「…脱がしてみようか」

「そうだな。体の方も、どんなもんか確認しておかないと」

「俺、見たことある。ペチャンコ。面白くないぜ」

「見たのか」

「入浴中にな。ほら、写真も撮ってる」

 こびと達、大笑い。

「俺達でさえこうなんだから、王子なんかが相手にするわけないわな」

「ああ、面倒くせえ」

「でも、年とる前に何とかしないと」

「あ、あれ!」

「白い馬に乗ってる男。あれ、王子様じゃないか」

「…それにしても不格好。本当に王子か」

「顔もすごいブサ…」

「…そういえば、最近一般人から成り上がった王子がいるって聞いたことある」

「王子の資格は?」

「一応、洗礼は受けているらしい」

「王子市場も不景気なのかな」

「実際、廃業する王子もいるって話」

「廃業なんて出来んのか?」

「姫が可愛いだけじゃやっていけないのと同じで、王子が美男子の時代も終わったのかもな」

「おい、見ろよ。あいつ鼻に指突っ込んでるぜ。さっきからずっとニヤニヤしてるし」

「すげえニキビ面」

「国民からも嫌われてるらしい」

「だろうな。あれが自国の王子なんて恥さらし。王子になったのも金の力か?」

「しかしあれがお相手なんて、姫にとってあまりに残酷な気がしないか」

「卑しい者同士、お似合いなのでは?」

「そんなこといちいち考えるな。このままだと俺達、この女の下の世話させられるんだぞ」

「一応あれも王子なんだし、ダメもとでいっとく?」

「もらってくれたらラッキーじゃん。とっととくれてやろう」

「せーのっ」

「助けてくださーい、王子様ー」

 さっきから徐々に喉からせり上がっていた、リンゴの破片を吐き出した。

 飛び起きると、すぐ側にあった丸太ん棒を掴み、王子に向かって走り出そうとしていたこびとの後頭部を、背後から思いっきり殴りつけた。

「ギャーッ」

 殴られたこびとはその場に蹲り、のたうち回っている。

 周りのこびとは何が起こったのかわかっていない様子。

 無言で睨み付けると、こびと達、明らかに動揺しながら、

「わ、わーい…」

「し、白雪姫が生き返った…ぞー…」

 飛び上がって喜んでいるフリをしている。

「盗撮した奴誰だ!」

 私が叫ぶと、こびと達が一斉に目を伏せた。その中の一人がさっと後ろに何かを隠したのを見逃さなかった。

 ズカズカと歩いてそいつの前に立つと、震え上がってるそいつから写真を奪い取った。目の前でビリビリに破り、そいつの胸ぐらを掴んで、破ったそれをそいつの口いっぱいに突っ込んだ。

「あがが…」

 そして胸倉を掴んだまま、体ごと放り投げた。そいつはよろよろと起き上がると、口から写真の破片をゲーゲー吐き出している。

「おい」

 背後から話しかけると、

「ヒィッ」

「お前。これ持って今すぐ城に行ってこい」

 さっき別のこびとを殴った、血に濡れた丸太ん棒を差出した。

「白雪姫は盗賊に襲われて死んでしまいましたって、今すぐパパに報告してこい」

「そ、そんなこと…、王様の怒りを買って俺、どうなるか…」

 こびとは両手を合わせて、必死に首を横に振った。

「いいか。お前にもの言う権利はない。逆らったらここにいる仲間を一人残らず殺してやる」

 こびとは竦み上がって、丸太ん棒を背負うとポニーに跨がり城へ急いだ。

 残されたこびとが、両手の平をすりあわせながら、

「…し、白雪姫さまあ」

「何だか随分ご様子が…」

「前みたいに仲良く遊びたいなあ…」

 必死におどけてみせるのを無視して、

「金を出せ」

 冷徹に言い放つと、こびと達、目を丸くして、

「か、かね…?」

「はて、何のことで…」

「お前らがパパに貰った金のことだよ!」


一年が経った。

 白雪姫の死亡をパパに伝えたこびとは、一ヶ月身柄を拘束された後、すぐに解放された。

 私の死を知ったパパはショックを受けていたらしいけど、同時に安堵していたという。私の面倒を見るためにこびとに渡したお金は、口止め料としてそのまま受け取ってよいこととなった。

 私が生きていることはいずれバレるだろう。


 トントンと、扉を叩く音がする。

「だあれ?」

 内側から話しかけると、

「私だよ」

 懐かしい、お妃の声。

「あ!リンゴのお婆さんね。ちょっと、あの後私、大変だったんだから」

「あれが毒入りだったなんて、私も知らなかったんだよ」

「嘘!もう絶対信じない。こびとさんにも口酸っぱく言われてるの。絶対に扉を開けちゃいけませんって」

「…そうかい。せっかく白雪姫に似合いそうな、美しいドレスを用意してきたんだけど…」

「え、ドレス?」

「そうだよ。それはもう目の覚めるような、見たこともない鮮やかな」


 扉の内側、少し離れたところで、私とこびと、二人、顔を見合わせた。

「あのババア、まだあんなことしてんのか」

 声を立てずに笑った。


 私が戦闘訓練を施し筋金入りの兵士となったこびとの残り六人が、自動小銃を構え、家の各所で待機している。

 今、私達の移動手段はポニーからハイラックスとなり、こびとは全員、革のベストを脱いで防弾チョッキに身を包んでいる。


 私も含め、それぞれが扉に銃口を向けている。


 この日を待っていた。


「ついに来ましたね」

 隣のこびとが囁く。

「まさか俺達が銃を持つ日が来るなんて。毎日歌って踊って、人間どもに見下され、ただ笑われるだけの脇役人生だとばかり思っていましたから」

「何が歌って踊ってだよ。お前ら人の金で女買ってたんだろ」

 こびとはへへへと頭を掻いてみせた。

「姫もこんなに立派になられて、涙が出ますよ。出会った当初はおつむがアレだとばかり…今ならそこそこの国の王子が貰ってくれるのでは?」

「フン」

「おや、結婚にはご興味ない?」

「私を馬鹿女って言ったの誰だよ」

「いやいや!もう今はそんなこと思っていません!我々の目が節穴だったのです。姫より賢い女はどこを探してもおりません、断言します。いや、男にだって負けませんよ」

「お前達は私が結婚して子を宿したら、満足か?」

「たとえそうなっても、いつまでも我々をお側においてくださいね」

「時と場合による」

「またまたあ。お願いしますよ」

「私、本当はお前らみたいな汚い連中と離れて、素敵な王子様と結婚して、穏やかな生活を送りたいの」

 周りのこびとたちが一斉に、プーっと噴き出した。

「何が可笑しいんだテメエら」

 こびと達が声をあげて笑うと、

「あれ、誰かいるのかい」

 お妃の声。

 全員がシーッと、指を顔の前に立てた。

「いいえ。私ひとり」

「早く早く。白雪姫のために誂えたんだよ。このドレス、見てくれないのかい」

「どうしよう…でも、絶対開けちゃダメって言われてるし」

 隣のこびとがそっと囁く。

「今日、お妃が来ること、王様はご存じです」

「それなら…私が生きていることも知ってるのね」

「喜んでおられましたよ」

「アイツ、今女いるんでしょ」

「何でも白雪姫より若いとか…」

「キモっ」

「今日俺達がお妃を撃ったらその女と晴れて一緒になれますからね。娘の生存も確認出来たし、王様もさぞやお喜びでしょう」

「アイツ、次は自分の番だって分かってるのかしら」

「それはさすがに…」

「そうだわ。パパが再婚したら結婚式に招待してもらいましょうよ。それまでに新しい武器を拵えなきゃ」

「次の目標が決まりましたね」

「結婚式で、ズドンと一発」

 声色を変え、扉の向こうに呼びかけた。

「お婆さん。実はその扉、鍵がかかっていないの。私から開けちゃダメって言われてるから、今度はあなたから入ってきてよ」

 目の前で、扉が少しずつ開きだした。


 ここからだ。ここからが私の人生。


 私達は頷き合うと、狙いを定めて引き金を引いた。


(了)