「こうやってね、大阪から来て頑張ってますけども。東京は慣れたん?」
「あかん。全然慣れん」
「まだかぁ。なんでなん?」
「東京はやっぱ静かでな」
「大阪に比べるとな」
「この前な、動物園行ってん。もうね、動物何も喋らん。ピクリとも動かん。同じとこずっと見てるだけ」
「そういうもんやろ」
「あいつらな、絶対アフリカの方見てんねん」
「そんなわけないやろ」
「実家の方見てんねん」
「実家言うな!」
3軒目にハシゴするつもりで入店したら、美容院だった。
文庫本を閉じて立ち上がり、「いらっしゃいませ」と微笑みかけたのが編田君だった。
「……ここ、居酒屋ちゃうの?」
「美容院ですよ」
時計を見ると深夜0時近く。そんな時間までやっている美容院があるのか。
私はすでに出来上がっていて、早く何かに体を預けたかった。
どうされますか、という言葉を無視して、私はよろよろと席に手を伸ばし、腰を下ろした。
「はぁー……。とりあえず水くれん」
編田君からミネラルウォーターのペットボトルを受け取ると、そのまま半分ほど飲み干した。
ぷうーっと、アルコールの混ざった息を盛大に吐き出す。
前を向くと、鏡に自分の顔が映っていた。
負け犬の顔。
お笑いグランプリの最終予選に落選した、女の顔。
東京に拠点を移し、時間の合間を縫って早くからネタの準備をした。
今年は満を持しての挑戦だった分、落選はショックだった。
駅前のBARに入って、強めのアルコールを頼んだ。
カウンターにひとりになった時、鞄からネタ帳を取り出した。
開くと、今回のネタのメモが隙間なくびっしりと書いてあった。
赤を入れようとペンを手に取るが、次が続かない。
ようやく「おもろいか おもろないか それだけ」とノートの端に書いた。
途端、涙がこぼれ落ちた。
「――大丈夫ですか?」
バーテンダーの声かと思った。
編田君が横に立って、優しく微笑んでいた。
「気にせんといて」
改めて鏡に映る自分の顔を見つめる。
「ひどい顔や」
「シメに散髪っていうのも、いいかもしれませんよ」
「……そやな。頼むわ」
「要」