バイト帰りに歩いていた夕方、急に声をかけられた。
「すみません、ちょっといいですか?」
「あ、いや」
「ほんとに一瞬で終わるんです!」
「え、あ、その」
「お姉さんは一回髪切るのにいくらくらいかけてますか?」
立ち止まってしまった時点で私は彼の質問に答えないわけにはいかなかった。いくら? 最後に美容院行ったのいつだっけ…。
「…6000 円くらい」
「ん、そうですか!ありがとうございました」
本当に一瞬で終わった。けどなんで髪切る時の値段?アンケート?だとして、じゃあ、6000 円ってどうなんだろう。高い方?それとも安い方?時給千円バイトで小遣い稼ぎ中の私には高い。でも美容院変えるのとか大変そうだしそわそわするし、一度偶然母に連れられてきたあそこで同じ人にいつもやってもらう。その心の安寧のための出費だから、致し方ない。
ありがとうございました、の前に一瞬「ん」とためを入れてきたあの人の顔がちらつく。
6000 円と聞いてあの人はどう思ったろう。
「見かけより金かかってんな!似合わない事しやがって!」
…言われてない言われてない、被害妄想。それに、あの人にどう思われたっていいじゃん、全然知らない人だし。答えてあげただけむしろあの人の役には立っている。それに、全然知らない人だし。
イヤホンを出して、音楽を聴いて、電車の揺れに身を任せた。
バイトの帰り、またその通りを通った。信号待ちをするふりをしながら、急に空を見て鳥を探すふりをしながら、通りのあちこちを見た。別にあの人にまた会いたいわけではないのだけれど。というか、むしろ会いたくない。そう、会いたくない。
また私は音楽を聴いて、ぼんやり電車に揺られた。
「担当の者が来るまで少々お待ちください」
「はい」
大橋さんがくるまでこうして待っているとき、私はさも慣れている人みたいに雑誌を開く。巷でいう「こなれ感」を出そうとしている。美容院というおしゃれすぎて私にはアウェーな場所で、せめて体裁だけでも整えようとしている。でも結局目はページの上をすべっていくばかりで、自分の参考になんかまるでできないし、頭にも入らない。ああ、こんな美人になれるわけないよぁ。
「お待たせいたしました」
「あ、いえいえ」
雑誌を勢いよく閉じる。
「そんな慌てなくて大丈夫ですよ」
「あ、いえ、どうも」
慌ててなどいない。開いていただけで読んではいないので、躊躇なく閉じられるという話である。あと、こんなモデルに憧れているんだと思われるのが恥ずかしい。憧れたのが事実だから恥ずかしいんだけれども。ん?ということは慌てていたんじゃん、私。
「今日は半年ぶり…ですかね?」
「あ…そうなんですね」
気づけばあれからもう半年もたっていた。また半年一回ペースに戻っていたのか。
「だいぶ伸びましたね!本日はいかがいたしましょうか?」
「あの…具体的にこうっていうのはないんですけど…」
「はい」