オオカミに生まれて嬉しかったことなど、一度もなかった。
仲間と比べればノロマで、血の気も少なく、狩りも下手な私は、「オオカミらしくない」と仲間にしばしば言われては見下され、異端だと距離を置かれた。悔しさはない。自分でもまったくその通りだと思う。
私は、本当はもっと平穏な生活がしたい。いっそのこと、オオカミを辞めてしまいたい。私はきっと、肉食動物より草食動物のほうが性に合っている。ウサギやシカになれたら、どれだけ幸せだろうか。
夜の静かな泉の水面に映った自分の姿を眺める。鋭い爪、尖った牙、ぎらついた目。見た者全てが怯え逃げ出す恐ろしい獣。こんな姿でなければ、山の動物らと仲良く暮らすことができたかもしれない。仲間に苦労して手に入れた食料を奪われることもなかったかもしれない。人間に鬼気迫る表情で猟銃を向けられることもないのかもしれない。
どう願っても、どう努力しても、叶えられないことがこの世にはある。私が生きている限り、オオカミを辞めることなどできない。私がオオカミである限り、私に寄り添ってくれる者などいない。オオカミとして異端扱いされるのは悔しくはないが寂しくはある。私は理解者が欲しい。傍にいてくれるだけでいい。孤独を埋めてくれる存在が、こんな冷たい夜にいてくれたなら……。
しかし、目の前の姿が夢を打ち砕く。私は、一生このままなのか。こうして水面に向かって溜め息を吐くのが、いつしか私の日課となっていた。
***
ある日、私はとうとうこの暮らしに耐えられなくなって山の麓まで降りてきた。もしかしたら、麓になら、私の行ったことのない場所になら、私の理解者に巡り会えるかもしれない。初めは期待を胸に駆け降りていった。だが、そう長くはないうちに現実を思い知らされた。
どこに行ってもオオカミはオオカミだ。恐れられ、嫌われ、離れられる。また、麓は人間が多く住んでおり、必然的に猟銃の脅威に晒される機会も増えた。私は死なないように銃弾を躱し、その日の食料を探すことで精一杯だった。
せめて食料さえすんなり手に入れば生き延びる希望はあるだろうが、狩りが下手な私は慣れない狩場での狩りに苦戦し、なかなか食料に有り付くことができなかった。一日、また一日と、何も口にしない日が続き、元々痩せていた体は更に痩せ細っていった。
そしてついに、私は動けなくなってしまった。うっかり猟師の銃弾を後ろ脚に受けてしまった。なんとか人里離れた森の中まで逃げ切れたのは良かったものの、空腹のせいで走る気力がなくなっていた。
もう少しも脚を動かせない。立ち上がれない。目の前が霞んでいく。
私はやはり独りのまま、この生涯を終えるのか。いっそ死んでしまったほうが楽なのか。
そんなことを考えながら、私はゆっくり瞼を閉じた。
目を覚ますと、目の前には暖炉があった。炎がぱちぱちと音を立てながら煌めいている。よく自分を見ると、負傷した脚には包帯が巻かれ、全身が毛布に包まれている。暖炉に包帯に毛布、これは明らかに人間のものだ。そして今私がいるのは、人間の家の中だ。いったい何があったのか、思い出そうとするも何も思い出せない。