小説

『火垂』和泉直青(『雪女』)

【 第一章・火男 】

雪女が「蛍火を探しに行きたい」と僕を連れ出したのは、
僕がフランスから帰ってきて、すぐの事だった。

僕が雪女と最初に出会ったのは、奈良県の「若草山の山焼き」の最中だった。
古き山を葬り、新しい山を創造する「火葬」は、先人の鎮魂と慰霊を執り行う「神事」。
観光客も多く訪れるこの伝統行事は、そんな風に言い伝えられていた。

去年と同じように、僕は「研究資料」を持ち、たった一人、寺の裏口から墓地を抜け、炎の中に入っていく。

墓地の周りには、霧のような燐火の群が波に乗って揺らいでいた。
そこに雪女はまるで「夏の終わりの柱松」のように、儚くも凛と直立していた。

炎に包まれた雪女の横顔は、あまりにも美しくて、
僕は雪女を見て叫び出す事も、そこから逃げ出す事もなく、
ただ、雪女を見つめていた。

多分、結構長い間、雪女の事を見ていたと思う。

雪女は雪女である事を僕に隠す様子もなく、
僕に近づき、耳元でこう歌った。

「立ちのぼる煙につけて思ふかないつまた我を人のかく見む」(— 万葉集・和泉式部の「火葬」の短歌)

僕は戸惑った。
なんせ、雪女が言葉を喋るとは思わなかったし、
ましてや雪女が「短歌」を歌うなんて、僕には想像さえつかなかった。

ただ、どうしてだろう?僕は「その歌」を知っていた。
雪女は、僕に「返し歌」を求めているようだった。
俯いてしばらく考え、ふと見上げるともう、雪女は消えていた。

 

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