小説

『火垂』和泉直青(『雪女』)

次の晩、熱海の研究室に戻ると、雪女は窓辺の僕の席に座って、沈みゆく夕日を見ていた。
雪女が僕の研究室にやってくるようになってから、僕たちは様々な話をするようになった。

主には「火」の始まりから「火葬」の歴史について。

雪女は僕の話に深く頷いて、一緒に研究を手伝ってくれるようになった。
僕は雪女について興味はあったけれど、雪女の事を深く詮索するのはやめる事にした。

僕の研究対象は「火」だ。
「火」について、もっと知りたい。それは決して雪でもなければ、氷でも女でもなかった。
きっと今では、僕ほどに「火葬」について知識を持っている者はいないはずだ。
わざわざ海外まで赴き「火葬」の研究結果を伝えにいったりもするのだ。

僕は、趣味もこれといって無い。
あるとすれば、古い短歌が好きなので、万葉集に刻まれている短歌を、片っ端から読み漁って、それを暗唱する事くらいだ。

雪女は、いつも研究室の隅で、物憂げにアルコールランプに火をつけ、長い間、炎を見つめていた。ゆらゆらと揺れる炎を、ただひたすらに眺めていた。

多分、雪女は自分に足りないもの、自分では得る事ができないものに、
強烈に憧れていたんだと思う。

火は雪女を求めていたし、雪女は火を求めだしていた。

だからこそ、雪女は熱海の夜の稲穂に舞う「蛍の光」に憧れていたし、
蛍が放つ蛍火は、雪女を強く誘惑したのだろう。

雪女は蛍を眺めながら、僕に「命」について聞いてくる。
もしかしたら雪女の寿命は、そんなに長くないのかもしれない。

僕は、気がつくといつも、雪女の事を考えていた。
僕は雪女を愛し始めていた。そう、実感していた。

雪女が「蛍火を探しに行きたい」と僕を連れ出したのは、
僕がフランスから帰ってきて、すぐの事だった。

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