小説

『俺は卑怯者』渡辺鷹志(『桃太郎』)

「鬼よ、すまなかった。俺は卑怯者だ」
 俺は鬼の墓の前で手を合わせた。今日は鬼の命日だ。

 俺の名は桃太郎。桃から生まれ、鬼を退治して英雄になった男……ということになっている。
「鬼を退治した英雄・桃太郎」
 俺の住む村の人も、隣りの村の人も、そのまた隣りの村の人も国中で俺の名を知らない者はいない。
 鬼を退治して英雄となった俺は、いくつもの村からとても感謝され、お礼としてたくさんの金銀財宝をもらった。その金額は俺が一生生活に困ることはないぐらいあった。それどころか、毎日派手に遊び回っても、死ぬまでに使い切れそうにないほどの大金だった。
 俺はどこへ行っても英雄扱いされた。鬼を退治してから数年経った今でもそれは全く変わらない。

 しかし、本当は、俺は英雄でも何でもない。
 俺の鬼退治はみんなが思っているほど素晴らしいものでも、カッコいいものでもない。
 俺はただの卑怯者だ……

 俺は確かに桃から生まれた。そんなことが本当にあるのかと聞かれそうだが本当の話だ。まあ今となってはそんなことはどうでもいい。
 俺は村の他の子どもよりも成長が早くて、誰よりも体が大きかった。体が大きい分、力も強かった。子どもの頃から、村の相撲大会では子どもはもちろん、大人が相手でも簡単に負けることはなかった。10歳を超える頃には村で一番の力持ちになっていた。
 それどころ、それぞれの村の力自慢が集まった全国大会でも圧倒的な強さで優勝した。
 戦ったのは人間だけではない。クマやトラと戦ったこともある。もちろん、勝った。
 俺に勝てる奴など誰もいない。その時はそう思っていた。

 
 そんな俺の元に「村人を苦しめている鬼を退治してほしい」という依頼が来た。
 鬼の話は聞いたことはあったが、そのときはまだ見たこともなかった。見た者は誰もが「とんでもなく強い」「人間では絶対に勝てない」と言っていた。
 だが、誰にも負けたことのない俺は、相手が鬼だろうが何だろうが負けるはずがないと思っていた。
 俺は村中に鬼を退治すると宣言した。
 そのときの村人からの歓声は気持ちよかったなあ。

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