小説

『俺は卑怯者』渡辺鷹志(『桃太郎』)

「桃太郎なら勝てる」
「鬼なんて軽くやっつけてしまえ」
「桃太郎さん素敵。がんばって!」
 村長も、村一番のお金持ちも、そして村一番の美女も俺に期待していた。
「鬼なんて大したことない。俺が簡単に倒してやる!」
 調子に乗って威勢のいいことを言っていた。
 俺はもう鬼を退治して英雄になった自分の姿をイメージしていた。

 そんなとき、近くの村に鬼が来たという情報が流れてきた。
 今すぐそこに行って鬼と戦う、ということまでは考えていなかったが、ちょっと鬼の様子を見てくるかと思いその村に行くことにした。
 村に行こうとしたとき、声をかけてきたのが奴、村一番ずる賢いと言われていた猿山だった。
「桃ちゃん、俺が道案内してやるよ」
 奴はニヤニヤしながら、桃ちゃんなどと気安く話しかけてきた。
 嫌な奴だとは思ったが、道案内は必要だったので、連れていくことにした。
 こいつとの出会いが俺の運命を変えることになる……とはこの時は想像もしていなかった。

 鬼が来たという村に着いた。
 俺たちは村にある一軒の建物の陰から、こっそりと鬼のことを見た。

 そして、俺はそこで鬼の圧倒的な強さを目の当たりにした!
 まず、鬼は体がでかかった。俺も普通の人間よりは大きかったが、鬼は俺よりはるかに大きかった。
 しかも、ただ体がでかいだけではなかった。その肉体は鋼のように鍛え上げられていた。
 さらに、鬼は素手で戦っても十分強かったが、武器である金棒を持ったときの強さは尋常ではなかった。
 そのひと振りで大木をなぎ倒し、家を破壊した。あの金棒で殴られたらまず命はないだろう。
 とにかく、鬼の強さは俺の想像をはるかに超えていた。

 俺はその場に立ち尽くしていた。いや、動けなかった。
 体は震えていた。武者震い? いや、恐怖で震えが止まらなかっただけだ。

「あんな化け物に勝てるわけがない」

 少し前までの俺の自信は一瞬で吹っ飛んだ。恐怖しかなかった。
 幸いにも、そのとき鬼はしばらくすると村を離れて、自分の城がある鬼ヶ島へ戻っていった。

 帰り道、俺の足取りはとにかく重かった。
「無理だ。あいつには絶対に勝てない。でも、あれだけ威勢のいいことを言って、今さら村の人たちにどう言えばいいんだ」

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