小説

『二人は朝食を食べながら、夢の話をする』ノリ・ケンゾウ(『魚服記』太宰治)

 オサムは滝の流れるさまのぼうっと眺めながら、自分が崖の上から流れ落ちることを想像せずにはいられない。想像しているうちに、なぜだかオサムはその崖の上の川の中に移動している。泳ぎが苦手なオサムは、簡単に川に流される。流されながら、前を見ればもうまもなく川がぷっつりと切れてしまうところだ。大量の水が崖下に吸い込まれている。ばたばたと手足を動かせば動かすほど、谷底へ向かってオサムは吸い込まれていくようだ。息が苦しい。オサムはどうして自分が溺れているのかが分からない。オサムは泳ぐのも苦手だし、川の冷たい水も大嫌いだ。川を泳ぐことになる理由が分からない。水を飲みそうになる。必死にもがく。もがいてもがいて手を伸ばすと、スワの手があった。スワはまるで人魚みたいに両足をそろえて器用に水を掻く。スワに手を引かれ、間近にあった滝口が遠くなっていく。助かった、と思う。助かった、と思いながらスワを見ると、スワは人の形をしていなかった。ただのフナだ。フナがオサムを引っ張って泳いでいるだけだった。しかしオサムはスワが元からフナであったと思いこんでいるから何一つ不思議に思わない。オサムはフナになったつもりで、足を懸命に掻く。自分の背中に尾ひれがついたみたいに水の抵抗を感じる……

 目が覚めると、スワが隣で寝息を立てていた。起こさないと溺れてしまうと思ってスワの体をゆすり、スワ、スワ、と声をかける。体を揺らされたスワが、うーん、と言いながらこちらに寝がえりをうつ。スワの顔が見え、そこでオサムの頭がようやく起きる。
「あーいや、ちがうか」
「えぇ、なにがあ……」
 と言いながら、またスワが眠りにつく。オサムはスワを寝かせたままにして、ベッドの中からもぞもぞと起きだして、トイレに向かった。
 尿を足し、ベッドに戻ると、
「起きたの?」とスワに声をかけられた。
「起きたよ」とオサムが答え、なんだか変な夢を見た、と付け足した。
「変な夢?」
「うん、なんかね、スワがフナになってた」
「えーなにそれ、変なの」
「うん。でね、溺れてる俺をね、スワが助けるんだ」
「うそ、私泳ぎ得意じゃないのに」
「だってね、スワはフナなんだもん、泳ぎが得意なの」
「見た目もフナなの?」
「見た目もフナ。顔も体も魚のフナ」
「えー気持ち悪い。でも見た目もフナなんだったら、それって私じゃないじゃん」
「いや、でもそのフナはスワなの。間違いなく。たしかにフナなんだけどスワ、スワがフナなんだよね」
「ねえ、ちょっとふざけてるでしょ?」

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