街のネオンが車内を青に染めて、私は眩さに目を細める。渋滞に巻き込まれた車は、めまぐるしい都会の流れに絡め取られたように動かなかった。
「くそっ。完全にはまった」ハンドルを握る夫が疲れた声で言う。
「だから高速の方がいいって言ったのに」
「今更言っても仕方ないだろ」
「…………」
カーラジオから流れていた美しいジャズがブツっと切られ、野球のナイター中継に切り替わる。私はいつでも落ち着いた調和を望むのに対して、夫は騒がしい球場の熱狂を好んだ。
「ちょっと遠回りになるけど、この先を曲がってみようか」
「いつも見切り発射で失敗するんだから。このまま渋滞を抜けた方が良いわよ」
「いや、時には冒険しないとだよ。なぁ、健斗もそう思うよな」
「とっくに寝てるわ」
後部座席で健斗と友梨が額を寄せ合って寝息を立てている。
「よしっ」そう言って夫は左に大きくハンドルを切り、大通りを逸れると大型のSUVには少し窮屈な細道を走り出した。いつだってこの人は私の言うことなんか聞かずに、最終的には自分の判断が正しいと信じている。いつしか私は自分の意見を言うことすらなくなって、もう何年も心を開いて会話した記憶はなかった。
「おっ、今日は月が綺麗だ」
ビルの隙間から顔を出す月は、確かに鮮明な輝きを夜空に滲ませている。胸の中に長年潜んでいた棘が、急に角度を変えたように些細な痛みが走った。私はまだ何者でもなかった頃の自分を朧げに思い出していたのだ。
肌を刺すように焼いた夏はあっという間に過ぎて、衣替えしたばかりのワイシャツに秋風が吹き抜ける。わたしはぶるっと身震いして、ブレザーのボタンを留めた。
いつもより少し早い予備校からの帰り道。自転車を押しながら、見慣れた住宅街を歩く。
耳につけたイヤホンからはお経みたいな英単語が漫然と流れている。好きな音楽を聴きながら歩いた去年の今頃は、鮮やかなグラデーションで夜に移行していく秋空を美しいと感じた。なのに今は同じ景色が色褪せて見える。まるで単調な英語の羅列がわたしの見ている世界まで平坦に均してしまったようだ。
大学受験が始まってからは、家と学校と予備校を行き来するだけの日々。しかし、そのどこにも居場所を見出せないわたしは、まるで居場所を求めて彷徨っている幽霊みたいだ。
学校に友達はいる。朝おはようと声を掛け合い、お昼を一緒に食べて、『昨日彼氏とカラオケで四時間も歌った』と取り留めもない会話をする人たち。学校では誰かと楽しく話している人が勝ちで一人で机に張り付いている人は負けだから、わたしたちは殊更大きな声で楽しそうに話した。