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『制服を着た恩人』さゆり

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 いつからだろうか。気づけば習慣になっていて、自分の生活の一部になっていた。それが突然「当たり前」ではなくなった時、この気持ちの穴をどうすればよいのだろう。毎日見ていたその姿を、いなくなってしまった場所から何とか探し出そうとしている自分がいる。
(何しているんだろう、私は)
 何だか恋をしているみたいだ、と思わず頭を左右に振った。そして今日も見慣れた景色が過ぎていくのを電車の車窓からぼんやりと眺める。
 それは最寄り駅から自宅に向かう帰り道の途中にある駐輪場に差し掛かった時だった。
「今晩は」
 急に声を掛けられた。本当に突然に。ちらっと声のした方向へ視線を向けると管理人と思われる初老の男性が立っていた。目線は明らかに私を捉え微笑んでいる。
「今晩は」
 私は咄嗟に挨拶を返しながら小さく頭を下げた。すると男性は満足そうに笑みを大きくして頷いた。制服と思われる濃紺の長袖と長ズボンを身に付け、同じ濃紺の制帽を被っている。
(きっと駐輪場の利用者だと思ったんだな)
 駅から伸びる一本道に向かって建つ管理人室からは通行人の様子がよく見えるらしい。この駐輪場を利用したことは一度もなかったが、毎日のように前を通る私を利用者だと思ったとしても不自然ではなかった。
 彼の表情を思い出して、そういえば最近挨拶を等閑にしていたなと思った。毎日顔を合わせる家族や友人、先生などと会った時の自分を星の砂が散らばった漆黒の空に映してみた。そのたった一言だけで、どういう訳かいつもの薄暗い夜道が違って見える。
 その日は雲一つない秋の夜だったように思う。
「お帰りなさい」
 次の日も同じように駐輪場の前を通りかかった時、あの優しい声が私の背中に投げかけられた。見ると先日と同じく初老の男性が管理人室の前で私に微笑みかけている。私は返事に困った。
(ただいま、というのも少し馴れ馴れしい)
 私は少し言葉を詰まらせたが会釈しながら、
「今晩は」
 と微笑み返した。ずっと前から知っていたような穏やかさがある。互いに名前も素性も知らない間柄ながら挨拶だけで繋がっている。それが可笑しくもあり儚くもあった。
 隣近所の人々とは顔見知りではあるものの、家族ぐるみの付き合いはおろか挨拶も真面に交わしたことがない。自治会の行事や活動にも参加していない。
(深く考えないうちに)
 と思い返した。

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