セダンの大きいエンジンが唸る。マフラーから景気よい排気音が響いてくれるのだ。金属の塊が自分の意志で息吹する錯覚をくれる。
「ほれ、次はトップだ。下だぞ」
「うん」
革張りのマニュアルレバーをぐっと力を込めて動かす。四番目。トップギアの位置だ。
「焦るな。俺がクラッチ踏んでからだぞ」
「次は五番?」
「そうハイトップだ」
運転席のクラッチペダルを踏み込んで、そして合図。レバーをニュートラルの位置にしっかり戻し、そして今度は右上の位置へとだ。
「おお慣れてきたじゃないか、五郎。マニュアル操作はプロ並みだな」
「へへ……」
「だからってバックに入れるなよ~。みんな死んじまう」
「うん」
助手席からの車のマニュアル操作。だが右利きの五郎には力が入りやすい。子供の力でも無理なくギアは入ってくれる。
「おっと今度はトップに戻す時だ。で、直ぐにサードだぞ」
「大丈夫。兄ちゃん、合図しかっりね」
「おう」
五郎がレバーに手を掛け身構える。その姿に見かね、思わず出した様な声が後部座席から聞こえるのだ。
「――ちょっと正浩君。五郎に余りイタズラさせないで」
五郎の母親だ。前二席の間から顔出す様に言ってきていた。
「あぁ大丈夫ですよ、紀子さん。運転しているの俺なんだから」
「そりゃそうだけど……余り甘やかさないで下さいね」と言い顔を引っ込めた。
苦言に前席二人は見合って舌を出す。後部席を見れば母の隣に仏頂面に見える五郎の父が座っている。
肩を竦めて五郎は詰まらないという顔を窓へと向けていた。それに見かねてか正浩が小声で話し掛けていた。
「……な、五郎。私有地て分かるか?」
「しゆうち? 何ソレ?」