「すみません。予約してないのですが、部屋は空いていますか?一番安い部屋でいいんですが……」
「はい。空いておりますよ」
「良かった」
「何泊されますか?」
「二泊でお願い出来ますか? 素泊まりで」
「素泊まりで二泊ですね。承知いたしました」
「突然なのに、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、当ホテルにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。……では、こちらがお部屋の鍵になりますが、夕食はどうなされますか?」
「えーっと……まだ食べてないので、そこら辺で適当に済ませるつもりですが……」
「それでは、こちらが夕食のチケットになります」
「え? 自分は素泊まりと言ったのですが……」
「ご安心ください。今夜の一泊とご夕食の分の料金は既に前のお客様から頂いておりますので」
「前の客が?」
「はい。コーヒーを一杯保留にするようなものとでもお考えいただければ」
「あー。あのイタリアかどこかでやってるという……」
「はい。それと同じようなものです」
「へぇ……そうですか……なるほど」
「なので、お客様は一泊分のみのお支払となります。こちらがその料金になります」
「わかりました。それにしても……いやはや……それはなんとも、ありがたいなぁ……」
俺は神妙に頷きつつ、財布から取り出した一泊分の金を払い、受付の男性からは見えないカウンターの下で、拳を握りガッツポーズをした。
噂は本当だった。
このホテルでは、客がある条件を満たしていると、一泊とその晩の夕食の料金がただになる。という噂。
以前旅先のバーで出会い、旅好きという事で意気投合した男性が教えてくれた。
「ただで泊まれるホテルがあるんだよ。一泊だけだけど、飯も付いてる」と。
「予約無しの飛び込みで」「二泊します」「食事はまだ済ませていない」
フロントでそれだけ伝えればいいのだ、と。
正直なところ半信半疑ではあった。
最後に男性は小さく笑いながらこう言っていた。
「とはいえ、たぶんお金を払うことになると思うけどね」と。
そういうサービスがあるのなら利用する客は多いに決まっている。何せただなのだ。誰だって無題に金を使いたくないはずだ。
だから金の掛かる普通の部屋に泊まる事になる可能性もあると思い、余分に金を持ってきていたのだが……本当だった。