柴山朔太郎は憂鬱な時間を過ごしていた。
地方営業所への異動を命じられた。
ショックだった。
第一線から外されたような気分だった。
「柴山が地方に異動なんてさ、なんだか意外だよな」
同僚のひとりは、朔太郎の顔に同情を寄せた。
ニヤニヤと狡猾なキツネのごとくシメシメといやらしい視線を送ってくるやつもいた。
「そんなに、がっくりとうなだれることもないぞ」
そんなふうに励ましてくれる先輩もいた。
「東京に戻るのが、イヤになるかもしれないなあ」
「そんなこと、ありますかね?」
「げんに、俺はそうだったからな」
「景色がきれいとか、そういうことですか? 空気がうまいとか?」
「営業所に徳さんっていう名物の人がいてさ」
「トクさん?」
「丸山徳次郎。部長さ。とてもいい人でさ。あの人のおかげで、今の俺がこの位置に立てるようになったといっても過言じゃないんだから」
田所先輩が地方に異動になったのは、六年前と聞く。三年前に戻ってきてからは、めきめきと頭角をあらわしているようだった。
「どんな人ですか?」
「そうだなあ……」
田所先輩はクスッと笑った。
「腹筋の鍛練に余念がない人だよ」
「腹筋の鍛錬?」
「おもしろいこと言うな」
と、なんの気なしに耳をかたむけていたであろう他の先輩まで話に加わり、「田所、うまい表現するな。たしかに、丸山部長は腹筋の鍛錬に余念のない人だ」「そうだそうだ、わかるわかる」「腹筋か。なるほど」と束の間、賑やかに盛り上がった。
「なんですか、それ? 筋トレマニアってことですか?」朔太郎が訊くと、
「会えばわかるさ」さらりと言う。
おそらくは体育会系なのだろう。暇さえあれば筋トレをやっているのだ。
朔太郎はブルっと身を震わせた。空手部? 柔道部? 目を吊り上げ、竹刀を手にしたオニのような男を想像した。
たしかに、そんな人の下で耐えることができれば、戻ってきて活躍できるかもしれない。けどなあ……。
「とにかく頑張ってこい」
「うわッ」
派手に肩をはじかれ、二、三歩前につんのめった。
「それって、遠距離恋愛ってこと?」
朔太郎が異動を告げると、恋人の博美は露骨に眉間にシワを寄せた。