「明日十一時に、中央改札口前で待ち合わせだからね。南口じゃないからね」
百合子は電話を切る直前、光一に向かってもう一度念のために確認した。
「遅れないように早めの電車に乗っていくし。駅に着いたら連絡するから」もう何度も聞いたから大丈夫だよと光一は笑っていた。けれど、その声にはどこかぴりっとした緊張感が漂っていた。
それもそのはずだ。明日、光一は百合子の実家を訪れる。結婚します、という報告を百合子の父親にするために。
「いやー、ユリがこんなにも早く結婚するなんて、予想外だよー」
そう言って百合子の幼馴染である麻美は、手に持ったジョッキを傾けてゴクゴクとのどを潤した。
「それは私もそうだよー。まさか、こんなにも早く話が進むなんて思ってもいなかったし」百合子は照れたように笑って、ジョッキに少し口をつけた。
「でも、これも麻美のおかげだよねえ。光一くんと会うきっかけを作ってくれたんだし」百合子は誠にありがとうございます、と言ってふざけながら深々とお辞儀をした。麻美も「いいってことよー」とふざけた返事をかえして見せた。
「それにしても、ほんと、なにがあるか分かんないな。私の結婚式で知り合って、仲良くなって、挙げ句の果てに結婚するなんてさ。結婚式とか、二次会は出会いのチャンス! とかって雑誌なんかでは書いてあるけどさ。実際に出会いがあったーって人初めて見たよ」麻美もにこにこと嬉しそうだ。
「今日は私のおごりだから、どんどん飲んで」百合子はそう言いながら近くにいた居酒屋の店員に「外ふたつ、追加で」と、ホッピーの空き瓶を渡した。店員の「追加のご注文、いただきましたぁ」という大きな声がお店の中に広がった。
百合子と光一が知り合ったのは、一年前の麻美の結婚式だった。披露宴の受付係として新郎側が光一、新婦側を百合子が担当することになっていた。披露宴の受付はそれほど難しい仕事じゃない。けれど、ご祝儀を受け取って管理しなくてはいけないし、順番に名前を記帳してもらわなくちゃいけない。披露宴会場のそばに設けられた受付スペースはすこしせまく、百合子と光一は互いに協力しあったほうが効率も良さそうだと話し合った。百合子も光一も仕事を効率よくこなすタイプだからと披露宴の受付に抜擢されたのだ。実際にふたりの息はぴったりで、大きなトラブルは何もなかった。受付の前で談笑して立ち止まっているゲストには「会場内でウエルカムドリンクが用意されていますので、そちらへどうぞ」と素早く光一が案内した。そこで立ち止まってしまうと、通路がふさがれてしまって、渋滞が起こるのだ。また、子供がぐずって、バッグからご祝儀袋を出すこともままならないお客様がいたけれど、百合子が子供の相手をして気をまぎらわせている間に受付を済ませてもらった。ふたりの連携でうまく進んだ場面も多かった。無事に受付が終わった時には百合子と光一は顔を見合わせて笑いあった。