小説

『夢千百十一夜』わそら(『夢十夜』)

こんな夢を見た。
その時の俺は母方のじいさんの三回忌で疲れていた。このじいさんは生まれた日に死んだ。だからといって生まれてすぐに死んだわけではない。生まれてちょうど99歳の誕生日を迎えた日に亡くなった。そして驚くことにそのまたじいさんも生まれた日に死んだらしい。このじいさんもまた生まれてすぐに死んだわけではない。ちょうど30歳で亡くなったそうだ。
そんなことは全くもってどうでもいいのだが、その日俺は疲れていた。
だから今はもう物置と化した実家の自分の部屋の片隅に、申し訳程度にひかれた布団に横になるとすぐに眠ってしまった。

眠った俺はこんな夢を見た。

広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、その周囲に小さい床几が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅には四角な膳を前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。
爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ生やしているから年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。自分は裏の筧から手桶に水を汲くんだところで前垂で手を拭きながら、
「爺さんはいくつかね」
と聞いた。爺さんは頬張った煮〆を呑のみ込んで、
「いくつか忘れたよ」
と澄ましていた。
自分は拭いた手を、細い帯の間に挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。
爺さんは茶碗の大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。自分はもう一度、
「爺さんの家はどこかね」
と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
「臍の奥だよ」
と云った。自分は手を細い帯の間に突込つっこんだまま、
「どこへ行くかね」
とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」
と云った。

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