ナーラカはほとんど法論らしい法論もせず、屈服させられてしまった。相手はビシュヌという、ヨーガに秀でたバラモンだった。
それは、近頃にないほどの、手痛い敗北だったが、最初から眼光で威圧されていたナーラカが勝てるわけがなかったのであった。
ナーラカは二十。血気盛んというのだろうか、ナーラカの中に沸々と燃えたぎるものがあった。誰かにぶつかってその者を屈服させたいという、抑えがたい衝動があったのだ。
今までナーラカは、バラモンと見れば、誰彼かまわず法論を戦わせてきた。まず手始めは父だった。父はナーラカの理屈にうんざりし、ろくに相手にしてくれなかった。勝った気がしないナーラカは、親戚の男相手に、見境無く法論をふっかけた。真理は悟るべく実践するものであり、語るものではなかった。したがって、どんなに親戚をとっかえひっかえしても、誰もまともにナーラカと法論をしたがらず、彼らはナーラカを適当にあしらった。ナーラカはいらだち、荒れた。
要するにナーラカは青春のエネルギーをもてあましていたのだった。あるいは焦っていたのかも知れない。父のクリシュナはバラモンとして名が通った賢者であり、伯父のアシタは森の仙人として高名であった。ナーラカは父のように勤勉さに裏打ちされた修行を実践していたのではなかったし、伯父のような叡智の輝きがある瞳をしてもいなかった。あるものと言えば、自己確立への焦慮と、承認の欲求に基づく自己顕示欲であった。
駆り立てられるようにナーラカは、ウパニシャッドで理論武装した。しかし、ナーラカの理論武装は理論武装の未熟な者にしか通じなかった。
ナーラカはその日、カピラヴァストゥ郊外で、名高いヨーギのビシュヌに挑んだ。ナーラカは、ビシュヌが昼頃、毎日遊行のためにその場所を通ることを知っていて待ち構えていたのだ。ナーラカの無謀な挑戦は、ダーマの解釈をめぐっての法論だった。ブラフマンとアートマンの定義について、ビシュヌの解
釈に不足があれば暴き立て、その法論の勝利を自ら喧伝して、己の名をルンビニの地に轟き渡らせたかったのだ。
カーシャーヤ姿の二人の男が向かい合って立った。ナーラカが口を開いた。
「ビシュヌよ。あなたはブラフマンをどう思うか」
ちょうどその時、ビシュヌは打たれたようにハッとし、天を仰いだ。ナーラカははぐらかされたように思ってビシュヌに腹を立てたのだが、ビシュヌはいっこうお構いなしに柔らかな、というよりむしろ恍惚とした表情で天を仰ぎ見ていた。ややあって彼は、おもむろにナーラカを見て、
「これは戯言を。ナーラカよ。君のようにアートマンを見つけていない者がブラフマンを語ろうとすること自体、そもそもおかしいのではないのか」