居酒屋の暖簾をくぐると、カウンターに親父の背中を見つけた。
引き戸の音で、親父はすぐに俺に気がついた。
「おう、こっちだ。先にやってるぞ」
親父はすでに赤くなった顔をしわくちゃにして、俺に手招きした。
俺は親父の隣に腰掛け、生ビールを注文した。
暑い日だった。自宅から歩いて数分のこの店にくる間に、俺は大粒の汗をかいていた。
俺は首からかけたタオルで汗を拭うと、運ばれてきたジョッキを親父に向けた。
親父は「おう」とジョッキをあわせ、半分ほど残っていたホッピーを飲み干した。
「ママ、外ちょうだい。次は黒がいいな」
そう言いながら親父は、ジョッキに焼酎を足した。
俺は生ビールを一気に飲み干した。現場仕事でカラカラに乾いた喉を、心地よい刺激が流れ落ちてゆく。俺は「かぁ~」と唸り、おかわりを注文した。
親父は黒ホッピーをジョッキに注ぎながら「今日も暑かったなぁ。俺はいいけど、スコップ隊は皆、さすがにバテてたわ」と首を振った。
親父は建設会社の社長兼、重機のオペレーターをしている。親父の会社の若い衆は皆、立派な体躯の強者どもだが、今年の猛暑はさすがに堪えるようだ。親父はそんな若い衆が心配でたまらないのだ。
「お前も今日は蒸し風呂だったろ?大工さんよ」
親父はそう言いつつ、何故か再び俺にジョッキを向けた。
俺はそれに応え、「まぁな。一応、送風機はまわしてるけどな」とため息を吐いた。
親父は自分の跡継ぎを拒み、勝手に大工に弟子入りした俺を、皮肉を込めて「大工さん」と呼ぶ時がある。
俺は親父にそう呼ばれると、胸の奥にある何かが、ずんと重くなる。それが親父に対する罪悪感なのか嫌悪感なのか、わからない。平たく言えば、「嫌な気持ち」になるのだ。
それでも週に何度かはこうして二人で酒を飲んでいるのだから、親子関係は良好だと言えよう。
二杯目の生ビールを飲み干した俺は、麦焼酎をロックで注文した。それを見ていた親父は「ホッピーやるか?」とわざとらしく言った。俺がホッピーを飲まないのを知っているのだ。
俺は「いいって」とだけ答えると、枝豆を注文した。