別にホッピーが嫌いな訳では無いが、いちいち焼酎とホッピーを別々に注がなければならない手間と、自分にとってベストな配分が見つからない事から、自然とホッピーから遠ざかっていたのだ。
俺はいつかその事を親父に言った事があったのだが、親父は「まだ酒に選ばれてるな、お前は。酒を選べるようになったら、男同士、対等に飲めるんだけどな」と笑うだけだった。
結局その日、俺は最後まで麦焼酎を飲み続けた。
数日後、親父から「夕方、いつもの居酒屋にいるから、仕事が終わったら来い」と連絡があった。
週末の午後三時。飲みの誘いとしてはベストなタイミングだ。
俺は「わかった」とだけ答えて電話を切ったが、内心は嬉しかった。今日の最高気温は36度。酷暑日だ。こんな日は生ビールに限る。俺は仕事を早めに切り上げ、汗を流すだけのシャワーを浴び、カラカラの喉のまま親父の待つ居酒屋へと向かった。
暖簾をくぐると、やはり親父はホッピーを飲み、顔を赤らめていた。そして俺に気付くといつもの様に「おう」と軽く手をあげた。
俺が親父の隣に座ると、俺が生ビールを注文するより先に、親父はホッピーを注文した。
そして「いいから今日はこいつを飲め」と言って俺にジョッキを差し出した。
俺は渋々ジョッキを受け取ると、親父と初めてホッピーで乾杯をした。
せっかくカラカラの喉のままにしておいたのに、初っ端から生ビールではなくホッピーを飲まなければならない事は残念ではあったが、こいつを飲んでしまえば、生ビールにありつける。
そう思い、俺はホッピーを一気に飲み干した。
俺は驚いた。生ビールとはまた一味違ったコクを伴い、軽い刺激が喉を駆け下りてゆく。
アルコール度数が低めなのか、後味が一呼吸で鼻腔から抜け去る。
それは、生ビールでは決して味わうことの出来ない爽快感だった。
俺が驚くその様子を見て、親父が笑った。
「どうだ。こんな暑すぎる日の一杯目は、薄めに作ったホッピーが最高に美味いだろう」
「ああ」
少し悔しかったが、俺は素直に頷いた。
そして、親父に言われるまま、二杯目のホッピーは少しだけ濃いめに作った。
これがまた美味い。俺は二杯目のホッピーも一息に飲み干した。
親父はそれを満足そうに眺めながら、枝豆と厚揚げ豆腐を注文した。
ホッピーは枝豆の塩っ気も厚揚げ豆腐の油も、すっきりと流しさってくれた。
「ホッピーはな、最初の一杯から最後の一杯まで、全部美味いんだ」
親父は得意気に言うと、ホッピーの外を注文した。
ほろ酔い加減の俺は、黒ホッピーを飲むことにした。注文の声を聞くや、親父は「おっ」とオーバーにのけ反って驚いてみせた。
黒ホッピーのまろやかなコクと微かな苦味は、酒の進んだ今こそが、飲むベストなタイミングだったようだ。俺は思わず「うまい」と呟いた。
「少しは酒を選べるようになったのかな、大工さん」
悪戯っぽく笑う親父に、俺は「まぁな」とだけ答えた。
これで俺は、ようやく親父と対等に酒を飲む事が出来たのだろう。 心なしか、親父はいつもより上機嫌な気がする。
俺の胸の奥にあった何かが、すぅっと溶けて消えていった。