「元ちゃん丁度100本だよ!」
店長の坂下さんがカウンターの中で焼き鳥の煙にまみれながら言った。
「何?100本?」
「そう、今お代わりした(外)で今年に入ってからちょうど100本!」
坂下さんがそう言いながら指差したのは、目の前の黒いホッピーの瓶。
「兄ちゃん、奇跡が起こるぞ!」
首を傾げた俺に、隣で飲んでいた爺さんがバチンッと手を叩いて威勢のいい音を店内に響かせて言った。
訝る俺に坂下さんが焼き鳥の串を回していた手を止めた。
「あれ?元ちゃん知らなかった?」
「えっ、なんすか?」
「兄ちゃん、この店まだ新人か?」
爺さんがドヤ顔を俺に向ける。さも自分はこの店の常連だと言いたげな顔。
俺は爺さんにムッとした。
「春二さん、こいつ昔ここでバイトしてたんですよ」
坂下さんは俺のムッとした顔を見て爺さんに言う。
「そうなんかい。でも兄ちゃん100本ホッピー知らねぇんだろ?」
聞いたこともないそのフレーズに俺は再びカウンターの中の坂下さんを見た。
「1年間でちょうど100本目のホッピーを飲んだ日に奇跡が起こるっていう話しだよ!」
言いながら坂下さんは再び焼き鳥の串を回し始めた。
「1年で100本なんて俺そんなに飲んだんですか?」
そもそも数えてたのか?と思うとちょっと嘘っぽくて坂下さんの顔を除き見た。
「元ちゃんみたいに毎週来てくれるお客にだけ本数付けてるんだよ!元ちゃんは大体週に2回、一晩で2本のホッピー飲んで行くんだよ。それが12ヶ月で96本。ちょっと飲みすぎたら100本超えちゃうんだ!そう考えると年で100本って以外と難しい数字なんだぜ。まぁ、そうゆうところからきっとこの100本伝説が出来たんだと思うけどな」
隣の爺さんと違って、酔ってない坂下さんに言われると真実味を感じる。
俺はちょっと興味をそそられて話の続きを促すように爺さんに目を向けた。
「オレが聞いた話しなんだけどよ、100本目のホッピーを飲んだその夜に、拾った宝くじが30万も当たってたとか!あとよ、ずっと取れなかった契約が取れて社長賞貰ったって奴もいたなっ!」
爺さんはまるで我が事のように自慢げに話す。でもそれって奇跡か?まぁ、宝くじは奇跡か。だけど酔っ払いの爺さんから聞くと、さっきの坂下さんの話しまで嘘っぽくなってしまう気がした。
「そういや、菊ちゃんも100本目のホッピーの日に今の奥さんと知り合って結婚したんだよ。まぁあれは確かに奇跡だな」
菊池は、俺と一緒にこの店でバイトをしていた。ちょっと癖のある男で21歳の大学生の時にまだ一度も彼女が出来たことがないと言っていた。それなのに、あいつは仲間内で誰よりも早く結婚した。しかも奥さんは元キャビンアテンダント。国際線の。すげぇー美人だ。誰もが奇跡だと言っていた。
「そうなんすかっ?!」