「私、家族の思い出とか全然ないんで。孤児なんで」
私は告白する。
わかりきっていたことだけれど、カフェテラスでランチを囲む友人たちの手が、不意に静止したのが見てとれた。それぞれに口端を上げ、穏やかな微笑を湛えて。
歩道から少し石段を降りたペースに広がるのは、常緑樹の天然の庇に頭上を覆われたくつろぎの空間。陽射しは木漏れ日となってテーブルに影を落とす。往来をいく靴音と、店内から漏れ聞こえるBGMのジャズとが調和し、静寂よりも落ち着く適度な騒音を演出している。
本来であれば憩いのひと時。
私の言葉が発せられた瞬間、このテーブルだけが空気ごと固まったみたいで、ここ以外のテーブルからは今もリラックスした気だるげな会話が聞こえてくる。
それにしても、気まずい会話で空気が固まった時に人はどうして笑顔を浮かべてしまうのだろう。とっさの防衛本能でも働くのか、自分の感情より場を乱さないことを優先して、硬直する表情筋。見飽きるほどじゃないにしても、こうした私情を繰り出すたびに場が静止する瞬間を何度も体験してきた。
私がもう一度口を開けば、再び時間は動き出すんだろう。けれど正直なところ、この先の話するのは面倒なんだよね。みんなもうずっとその顔しててくれないかなと思う。
なんて。そんなわけにはいかないけどさ。
私は焦ったような言い回しで、その実すっかり言い慣れてしまった常套句を続けて口にする。
「突然ごめんね? 話の流れブッタ斬るみたいでさ。ああ、でも、なんかさ、ひとりひとり順番に家族旅行の思い出話、してるし?
そろそろ私の番かなー、子供の頃の思い出、話さなきゃいけないのかなーと思ったら、ええい、いいや、もう言っちゃえーと思っちゃって、へへへ」
人差し指でぽりぽりとほほをかき、卑屈な笑みを浮かべてみる。
全員もれなく去年の入学を機に知り合った女子大の友人たちは、その顔に貼り付けていた穏やかな笑みというテクスチャーを器用にほころばせて、また和やかな空気に戻そうと努めてくれる。
合わせるように真っ先におどけてくれたのは、やっぱり、と言うべきか、はるかだった。
「ええーっ、始めて聴いたよ、マジやつ?」
「マジやつマジやつ」
ありがとうね。
小柄で、ただでさえ大きな瞳をナチュラルメイクでバッチリ強調して、年齢的にギリギリな気がする赤いリボンを自然に結わえて許される先天性のマンガ的美少女。
栄養は胸元にのみ廻ってしまったみたいで、はるかの肉体は抱きしめたら折れてしまいそうな危うさを孕んでいる。無駄に背ばかり縦に延びて、体幹は強固、体の丈夫な私とは、何もかも真逆の女の子。
「マジやつかー。そういえば律子の家族の話聞いたことなかったな」
「ごめんね。言いたくなかったし、黙ってるのも申し訳なくって、そんでどんどん言う機会なくしてっちゃった。だから、まぁ、私の番はスルーで」