外出から帰ったサチコは、自宅のリビングで一息ついていた。ひとつ隣の駅前にあるショッピングモール「ル・ポール」で買い物をして来たところだった。大型のショッピングモールには、洋服や雑貨から食品まで様々な店が入っており、美しいディスプレイにも目を奪われて、ついあちらこちらひやかしてしまった。ちょっと年を省みず歩き回りすぎたかしら、と思いながら荷物を片付けていたサチコは、バッグの中を見て、おやっと手を止めた。手袋が片方ないのだ。行きにはめて行って、店に入ってからはバッグに入れっぱなしにしていたはずだった。
「あら、大変」
もう一度中身を確認しながら、思わず声に出す。
柔らかな皮製の手袋は、まだ何度も使っていないもので、孫息子に選んでもらったものである。孫のトモキは、学校を卒業してから手袋の専門店で働いており、もう6年目になる。一年ほど前に新しくル・ポールが出来た時に、その手袋店が出店するばかりか、トモキがそこに勤務することになったと聞いて、サチコは喜んだ。それまでも、まめに連絡をくれる孫ではあったが、こんなに近くに勤務するとなれば何かと会える機会も増えるであろう。何より、それまで見たことのなかった、トモキの実際に働いている姿を見てみたいという気持ちが湧いた。
手袋を買いに行くからねと約束した通り、オープン直後の混雑が落ち着いた頃に、サチコは店を訪れてみた。いざとなると話しかけてよいものか躊躇していたら、丁度手の空いたトモキのほうから、いらっしゃいませと声をかけてくれ、居合わせた他の店員にも引き合わせてから、こちらの求めに応じて手袋を見せてくれた。店頭では、他の客を不快にさせるかもしれないような、馴れ馴れしい言葉遣いや態度を取ることはなく、それでいて親しみを持った丁寧な接し方で一緒に手袋を選んでくれたトモキの姿は、サチコをとても喜ばせた。そしてその時購入した手袋と、その履き心地にも至極満足していたのである。
それを落としてしまうなんて、なんてことだろう。サチコは、自分の行動をできる限り振り返ってみる。ル・ポールを出てからは、電車に乗ってまっすぐ帰宅したのでどこにも寄っていない。電車に乗るためのカードは、それだけをバッグの外側のポケットに入れて使っていたので、何かの拍子に手袋を落としたとしたら、それはやはりル・ポールの中でだろう。
とりあえず問い合わせてみよう。そう思うサチコだったが、さて、どこに電話したらいいのだろう。はたと気づくと、そもそもル・ポールの電話番号がわからないのだ。よく買い物する店のカードは何枚かあるけれども、ル・ポールの代表電話が書いてあるわけではない。電話帳なんて使わなくなって久しいが、こうなってみると不便である。子供や孫たちは何でもかんでもネットで調べるとか言っているが、こっちはそれもよくわからない。
そこで思い浮かんだのは、やはりトモキである。何しろサチコはつい先ほども、遠目にトモキの働く様子を伺って来たところなのだ。さすがに仕事の邪魔をしてはいけないと、ル・ポールに買い物に行ったからと言って、いちいち手袋店に立ち寄ったりはしない。が、今日も出勤かしらなどと、こっそり店の側を通ってみることはあるのだ。
ここはちょっとお願いしてみよう。休憩時間にでも気づいてくれればと、メールを入れておくことにする。トモキなら、どんな手袋かもよく知っているのだ。