夕暮れが滲む色を見せて夜になろうとしていた。<天神屋デパート>を見上げる。壁が玉虫色に光るように塗装されていてそこには、各階の売り言葉が、長い垂れ幕に書かれている。
リニューアルひとつ。半期に一度ひとつ。レディースひとつ。老舗ビルを仰ぎながら<天神屋>、がんばってるんだな今日もって思う。
空の色はマジックアワーとよばれる、あらゆる青を混ぜた色をしている。
わたしはもうずっと昔、20年ほど前にも祖母の職場であるここによく来ていた。このデパートと近くのサンライズアーケードの中の飲食店街は、わたしと弟の七生にとってはもうそこは身内に近かった。デパートの建物の外見は、よく知っていると夢想したくなる祖父の身体のようにも見えるし、その中身はなぜか年月とともにあたらしくなろうとしていて、時折その若さがまぶしすぎるようにもみえたりする。アーケードの通りの「カリビアン」っていう名のカレー屋さん。ここは七生とわたしにとって長い間朝ごはんをお世話になった場所だった。学校に行く前には、ランドセルを背負ってここに立ち寄るのだ。
朝からカレートーストをふたりぶん頼んで、すこしだまになった顆粒の残るポタージュをぐいぐい飲んで、紅茶を流し込んだ後、凍ったライチをつるんと食べる。
<天神屋デパート>の屋上でグリーンショップをしている祖母百合子さんに育てられたわたしたちは、巷の家庭の朝ごはんとは縁がなかった。その代わりに「カリビアン」の山根おじさんとおばさん夫婦にお世話になった。学校帰りには、フルーツパーラーの「ぱいなっぷりん」に寄って、おやつをごちそうになったりもした。
弟の七生がおばちゃんもういっこってねだると、百合子さんにおばちゃんが叱られるから、その一個はまたのときにとって置くねっていって七生の頭を撫でながらわたしには軽くウィンクしてみせて肩をあげて微笑んだ。食べ終わるとデパートまでふたりで競争した。入口の自動ドアまでダッシュしてたら、仏壇屋さんの「永遠堂」の上牧さんが、おぉ今帰りかい? って声かけてくれていっぱい遊んできなって七生の頭をくしゃくしゃになるまで撫でた。弟は照れたような顔をしておじさんに、会釈のなりそこないみたいな真似をして走ってゆく。デパートで遊ぶのは、この辺りでもふたりぐらいなものでみんなは塾通いだったから遊び相手もだれもいなかったのだ。それに双子というものは放っておくとふたりで遊んでしまう種族だったから、ふたりぼっちでなにごとも乗り越えていった。
ふたりが卒業するとき、忙しい百合子さんに代わって商店街のおじさんやおばさんたちが一張羅のスーツを着て、コサージュつけて出席してくれたのも、遠い昔なのに昨日のことのように思い出しそうになる。
昔、百合子さんと七生と一緒にデパートの屋上で話していたことを思い出す。
「こういう時間帯は逢魔が時といってね、いちばんあぶないのよ。不意にいなくなったり、さらわれたりするの。とくに子供はね」