餃子が焼けるのを待っていた。漫画本の並んでいる棚の上に、餃子の神様の人形が置いてある。この辺りで餃子を扱う店ならどこでも置いている人形だ。餃子に手足をつけただけの単純なデザインの人形を見ながら餃子を焼く音を聞く。まだ焼き上がりまでは時間がありそうだ。
広い店内には誰もいない。一番乗りになれたのは偶然で、たまたま出先での仕事が早く終わり、直帰できることになったからだった。ピークタイムにはぎゅうぎゅうに混み合って待機列ができるこの店の餃子は、うまい。ニンニクのきき具合も肉と野菜の割合もちょうどいい。少し大きめで、しかし値段は抑えめであることもポイントが高い。
棚の上の餃子の神様の人形はほこりをかぶっている。
蒲田の街のあちこちには餃子の神様の像が建っていて、みな何かにつけて餃子の神様に願い事をする。餃子の神様に願い事をすると叶うらしいのだ。
行政だか餃子を広める会だかが建てた像は、おそらく最初は餃子の消費量を増やすための街おこしの一環だったのだろう。像ができる前、蒲田は、隠れた餃子の街としてテレビで取り上げられることがときどきあった。像ができてからは、餃子の神様に願い事をすると叶うらしい、というややスピリチュアル的な取り上げられ方をするようになった。
何が正しいかとか、どういうアピールで街を盛り立てたらいいかははさておき、餃子はうまいので、みな餃子を食べたらいいと僕は思う。
厨房から餃子がやってきた。僕は背筋を伸ばして自分のテーブルに届くのを待った。そのときじいさんが入店してきて、僕の分であろう餃子を受け取り、適当な席に座って、酢にほんの少し醤油を垂らしたたれを作って食べ始めた。
「お、おお」
思わず変な声が出てしまった。
「すいません、あの」
僕が言うとじいさんは振り向いた。
「あの、それ、僕の餃子だと思うんですけど」
「ああ」じいさんは笑う。「いただきます」
「いただかないでください」
「ええ? 焼きたてなのに?」
「僕のだからです」
「えー」
じいさんは子どもみたいにごねる。ごねながらも餃子をひょいひょいと口に運んでいく。
「ちょっと、食べないでくださいよ」
「いいじゃんすこしくらい」
「すこしじゃない、全部食う勢いじゃないですか」
「もうすぐ追加で二人前届くから、それを食べるといい」
「は?」僕は言う。「注文してないのに?」
「わしは餃子の神様だから、注文なんて必要ない」