電車に飛び乗る癖があるから、乗ってから間違っていたことに気づくことが、ある。その日もそうだった。ひとつ車両を移った時、地下鉄はドミノ倒しのように規則正しいリズムで車内の灯りがとんとんとんと落ちてゆき、瞬く間に真っ暗になった。
すこしずつ、ゆるやかに速度を落としながら走ってゆく。ホームの灯りがまぶしく感じられるぐらいに、栞とそのほかの見知らぬもの同士は、闇の中に暫しいた。
真っ黒い表紙に大きなイニシャルがひとつ白抜きされた本。同じものがもう一冊あるので、よかったらどうぞとヤマナシがくれた小説を終電近くの地下鉄に乗って立ったまま読んでいた時の出来事だった。
たぶん恵比寿あたりを通過した頃、なんだか前触れもなく車両の前の方から順々に電気が消えていった。
停電ではないらしい。珍しく誰もいないホームはしらじらと蛍光灯の灯りが辺りを光らせていた。栞達だけが乗っている地下鉄だけがそうだった。
アナウンスが聞こえるのでもなく、その地下鉄はただひとり意思を持っているかのようにトンネルへと吸い込まれようとしていた。
それはホームの明るさとのコントラストを異次元の出来事のように浮かびあがらせていた。
ゆるりゆるりと走っているその地下鉄は、なにかいつもとは違う運命を携えたまままったく知らない場所へと誘おうとしているかのような、速度。
ちょっとずれた世界に足を踏み入れたみたいに、みんなも堪えていた。
と、思ったのは栞だけで、ほかのみんなはみずからのぞんでその地下鉄に乗り込んだことに気づいた。
これこれ、待ち望んでたの。
噂では聞いてたんだよね、この暗くなる時がすっごくいいってツイートしてるのみたことあってさ。
俺たち、乗ってんだほんとに、ギンテツ号。
あちこちでそんな声がしていた。なになにこれって、てっちゃん系の集まり?
のりてつくんとか? って思ったけどさっき聞いたギンテツ号ってネーミングが妙に気になっていた。
ギンテツって? もしかしたらもしかする?
スマホの灯りで照らされた彼女が手にしている1枚のリーフレット。
<いちばん、逢いたい人は誰ですか? 逢いたい人に逢える銀河鉄道の夜号へようこそ>
そんな文字の連なりが見えた。
べたなコピーだねって思いつつ、やっぱりこれがギンテツ号だったことを知って、ちょっとわなわなする。
マジ? ってこころの中で言ったつもりが声になって口から洩れていた。