「そういう言葉遣いは、感心しないな」
闇の中で叱られた。でもその声になんとなく聞き覚えはあったけど、思い出せない。でもその声にはある時期とても馴染んでいたような気がして、ああ!っておののいた。
おののきついでに口を噤んだ。こっちが口を噤むと相手も静かになった。
耳を澄ますと通路を隔てたところ辺りから、嘘でしょう? ケンタ? どうして? って静かに泣いている女の子の声がした。
「だってそれは、これがギンテツ号だからね」
「ね、ほんとだったんだ。絶対都市伝説だと思ってたのに。冗談半分でチケット買ってみたの。ね、ちゃんとそこにいる?」
「いるよ」
「触っていい?」
「もうさっきから触れてるって」
「もしかして、手のひら?」
「そう」
「あたたかくなった、ふいに」
薄暗がりの中を栞は目をこらしてみた。栞には見えない、でも声だけは聞こえた。そのとき、近くで声がした。
「ではみなさん、そういうふうに川だといわれたり乳の流れたあとだと云われたりして・・・」
ひとつひとつかみしめるように語っている声が栞のすぐそばで響いた。
栞はもう完全に思い出していた。
「あのころ、所在投げなわたしにいつも読んでくれてたね、眠れない夜とかに」
声が聞こえない。
「・・・ごめんごめん。この中は時差があるんだ。ちょっと遅れて栞ちゃんの声が聞こえるんだ。ほらニュースの衛星中継みたいにね」
闇の中で栞は手を探る。目を少し凝らしているとなんだか人の輪郭がぼんやりと見えてくるような気がする。
養父に育てられていた10年間の記憶が、突然甦ってきて栞は戸惑う。
「太郎さん? ほんとうに太郎さん?」
「そうおじさんだよ。ギンテツに乗ってるってことはつまりそういうことなのよ。俺ね、しんだ。びっくりだよ」
その声はまだ自覚はないけどっていうニュアンスを残したままだった。
しばらくすると、車掌さんが懐中電灯を持ちながら車両に入って来た。
その人の姿ははっきりみえた。
「切符を拝見いたします」
「切符? えっと持ってませんけど。パスモじゃだめですか?」
制帽を目深に被ったその車掌さんは、栞を少しみて微笑むとあ、お客さん、まちがえましたね。どちらに行かれるおつもりで」