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『老老介護』越智屋ノマ


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9月期優秀作品

『老老介護』越智屋ノマ

 
「なあ、婆さん。飯はまだかい?」

 呼びかけられて、華は眉間にしわを寄せた。
「何言ってるの、さっき食べたばかりでしょ」
 声を尖らせ、振り返る。障子戸の向こうで、夫の吉蔵がニコニコして顔を覗かせていた。
「あんたは物忘れがひどくて困るわよ!」
「いやぁ。朝飯はまだだろ?」
 白髪頭を軽く傾げて笑う吉蔵は、タンポポの綿毛に似ている。吹けば飛びそうな頼りなさが、軽くて自由な綿毛にそっくりだ。
 脳梗塞の後遺症で右半身が麻痺した吉蔵は、びっこを引いて居間に入って来た。
「お前の飯が食いたいんだよぅ。婆さん、華さん、華ちゃん、なぁ。よぅ」
 母親に甘える子供のように、吉蔵は華の背中に手を回してきた。
 あぁ、もう! と華は夫を払いのけ、ため息をついて立ち上がった。

 台所で里芋の皮をむきながら、華は呟く。
「……損な性分だね、あたしも」
 昔から、夫の我儘に振り回されてきた。飯が食いたいという程度なら可愛いものだ。
 昔の吉蔵は方々で女をこしらえていたのだから、それに比べれば。
 大した顔でもないくせに、吉蔵はなぜか女にもてた――家業の呉服屋を営んでいた頃だから、もう六十年近く前のことだが。
「――痛っ」
 痛みで我に返る。左手の人差し指に、血のすじが赤く伸びていた。里芋だけでなく、指の皮まで切ってしまったのだ。
「あたしったら。何年包丁握ってるんだか」
 年のせいか近頃、やり損じや物忘れが多い。苦い顔で指の傷を舐めていると、
「ん? どうした、婆さん。ぼんやりして」
 いきなり呼びかけられて、華は飛び上がりそうになった。いつの間にやら現れた吉蔵が、台所を覗き込んでいたのだ。
「それ里芋の煮転がしか? おれの大好物だ」
 鍋の中の里芋に気づき、夫は声を弾ませた。
「おれの好きな物、覚えててくれたのかお前」
「気が散るから出てってちょうだい」
 吉蔵は笑って頷き、茶の間に引っ込んだ。

 大した顔ではないけれど、笑うと日なたの匂いがする。だから女にもてたのかもね――里芋の鍋を火にかけながら、華はぼんやりそう思った。
 あの人が浮気性だったのはあたしのせいでもある。と、華は時おり思う。

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