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『湯主』南川孝造


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9月期優秀作品

『湯主』南川孝造

 
 第2土曜日お父さんが連れて行ってくれる健康センターが楽しみでしょうがない。広いお風呂に入るのも嬉しいが、お風呂上りにフードコートで食べるかき氷がいい。その後ゲームコーナーに行き100円分だけ遊ぶと、2つ下の妹と一緒にセンター内を走り回る。裸足でフワフワのカーペットを走る快感。実はこれが一番の楽しみなのかもしれない。今日もたくさんの人を避けながら気持ちよく走っていた。
「こりゃあっ!」
 大きな声が響き、ビクッとして足が止まった。妹が僕の背中に鼻をぶつけた。たくさんの人は一斉にその声の方を一瞬見て、また動き出す。でも僕はちょっと怖くて声の主を探した。妹は鼻を押さえて泣き出した。
「ここはお風呂にゆっくり入って、休むところだ。バタバタと走っては気が休まらないだろう!それにホコリが立って食べ物に入って汚いっ。」
 声の主はフードコートの奥に置いてあるソファーに座る、おじいさんだった。はっきりした声と口調で叱った後、フンっと言って横を向いて寝てしまった。それで謝る機会を逃した。いや、怖くて謝れなかったのかもしれない。妹は泣き続けている。とっても情けない気分になった。その時お父さんが喫煙室から戻ってきた。妹が泣いて何かを訴えている。
「どうした?何かあったのか?」
 ううん、と首を振って「早く帰りたい。」とだけ言った。
 帰りの車の中では妹が泣き疲れて寝ている。そして僕は思い出した。そういえば、あのおじいさんはいつもあのソファーに座っている。少なくとも僕がセンターに通うようになってから、ずっと。いつもおじいさんが、センターで貸してくれるアロハシャツの上にカーディガンのようなものを羽織っているのに違和感を覚えたことを思い出した。それなら来月もいるはずだ。来月必ず謝ろう。そして二度と走らないと約束するのだ。そう決めたらちょっと安心して、僕も寝てしまった。

 はたして、次の第2土曜日おじいさんはいた。今月もアロハにカーディガンだ。先月の「誓い」の気分が随分薄れてしまい、叱られた時の声を思い出して怖くなり、やっぱり謝るのをやめようかなと思った。でも、ここでやめたら毎月のお楽しみがずっとつまらなくなるような気がした。勇気を振り絞った。ソファーの前に行くと、おじいさんは寝ていた。
「あ、あの~。すいません。」
 自分でも、蚊の鳴くような声がたくさんの人の声にかき消されているのが分かった。でも、おじいさんは寝返りを打ってこちらに気付いてくれた。
「なんだね?」
 あの叱られた声よりも優しい声で話しかけてくれた。先月の非礼を回りくどく話して、話しながらたくさん謝った。
「そんなことがあったかな?忘れちまったよ。でも、よく謝りに来てくれた。ちょうど昨日年金が入ったんだ。坊やにフルーツ牛乳をおごってやろう。」

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