9月期優秀作品
『お母さんのワンピース』和智弘子
「お母さん、もうちょっと痩せてよね!」
帰宅早々、わたしはくちびるを尖らせながら文句を言う。リビングでランドセルをわざと大げさに、よいしょと下ろしながら。
お母さんは、台所で何かしているらしく、聞こえていないようだった。
「わたしさあ、みんなに笑われて恥ずかしかったんだからね!」
何も反応してくれないことにムッとして、さっきよりもわざと大きな声で、わたしは怒鳴った。
「麻理ちゃん、帰って来たなら、手を洗って、うがいしなさい」
母親は麻理の文句をさえぎりながら、こう続けた。
「おやつ、準備してあるから」
昨日は、授業参観日だった。
担任の先生も含めて、3年1組のクラスのみんなは、そわそわと落ち着かなかった。
「まだ、誰も来てないね」
わたしの真後ろの席に座っているゆきちゃんが、少し前のめりになりながらコソコソと私に話しかけてきた。
「うん。そうだね。でもさ、もうすぐ来るよね?」
なんだか、お尻がそわそわして落ちついてイスに座っていられない。みんなキョロキョロと廊下を見ては、通り過ぎていく他のクラスの母親を見つけてはキャーキャー騒いでいた。
「ほら、みんな! 今日はいつもと違うからって、緊張するなよー!」
担任の林先生がクラスのみんなを見渡しながら大声をだした。先生こそ緊張してるじゃん! と、いつもいじわるな祐介くんが騒ぎ立ててドッとクラス中に笑いが起きた。
「あ! 誰かきたよ!」
廊下側の席の子がそういって、みんな一斉に顔を向けた。
お母さんだ!
わたしは、ちょっとこそばゆい気持ちになりながら、もじもじと下を向いた。嬉しいけど、一番乗りは目立ち過ぎるからやめて、ってさんざん言ったのにぃ。
けれど、その後にも続々と参観に来る親がやってきて、それほどお母さんだけが目立たなくなったことにホッと胸をなで下ろした。
授業参観に来ている大人達は普段着に近いけれど、ちょっとだけ見栄えのいい、お出かけ用の服を着ていた。わたしのお母さんも、きちんとお化粧をしていた。普段はタンスの奥にしまい込んでいる、ワンピースなんか着ておしゃれしていた。久しぶりに着たせいだろうか。母のワンピースは明らかにサイズが合っておらず、パツパツと窮屈そうだ。
教室の後ろをちらちらと振り返っては、おめかしした母の姿を見つけるたびに、ちょっぴり恥ずかしくなった。
「はーい、じゃあ授業始めるからな! みんな集中するんだぞ!」