9月期優秀作品
『ゾウガメを探せ!』岡田京
桃花は朝刊の地方版を見て息を止めた。
「泉動物公園のゾウガメ 行方不明。
十日前の八月十日、園内で放し飼いのゾウガメのモッシーが逃げ出した。防犯カメラには入園ゲートから外に出る姿が確認されている。スタッフが付近の道路や山中を捜索しているが見つかっていない。園は昨日、発見者に五十万円の懸賞金を渡すと公表。モッシーは大型のアルダブラゾウガメで甲羅は一メートルほど……」
泉動物公園は桃花の住むアパートのすぐ近くだ。
「五十万円、欲しい、絶対!」
桃花は高校二年生。大学進学を希望しているが、母子家庭なので経済的に厳しい。アルバイトをして大学進学のための貯金をしているが、五十万円が手に入ったら……。
アルバイトは商店街のパン屋「ホッペ」で高校一年生の夏休みから続けている。
「桃花ちゃん、この参考書、使って」
パートの美浜さん。一番長く働いている人で、面倒見が良く、パート仲間の中で信頼が一番厚い人だ。建築家として働いている娘が大学受験の時に使っていた参考書や問題集を時々、持ってきてくれる。
「娘が受験したのは、もう七年も前だから最近のも欲しいよね。大学のゼミにOBとして、たまに顔を出しているみたいだから、後輩から調達してくるように頼んでたのよ。そしたら、ほらこんなに」
紙袋三個分だ。予備校はもちろん、大学受験の参考書や問題集を買う余裕のない桃花にとって、本当にありがたい。
「頑張んなさいよ。娘も設計事務所で頑張っているわよ。ホテルの内装の仕事も任されていて、ほら、この雑誌に名前が出ているの」
建築専門の雑誌に「美浜緑」と書かれている
「そうよねえ、緑ちゃん、優秀だもんねえ。なにしろ国立大学だもの。女も今は仕事の時代よね。桃花ちゃんも建築希望?」
店長の山田さんが雑誌から顔を上げて桃花の顔を見る。
「入れるかどうか自信はないけど、興味、あります」
桃花の住むアパートは、袋小路が点在する狭い路地裏にある。重なり合うように建っている古くからある家や、新しく建て替えた家、二階建てのアパートを眺めながら歩くのが小さい時から好きだった。この家にはどんな人が住んでいるのかなあ……と想像しながら、母さんが帰るまでの夕暮れの時間を過ごしていた。
美浜さんが力強く、バンッと桃花の背中を叩く。
「そうだよ、でっかい家、建てなさいよ! ほら、今日は調理パンの中身のポテトサラダと焼きそば、作り過ぎちゃったから、持って帰って夜食にしなさい!」