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『魔法の粉』相内亜美


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9月期優秀作品

『魔法の粉』相内亜美

 

 家族なんて、面倒くさくて気恥ずかしい、自由を縛るしがらみだと思っていた。
 今となってはもうはっきり思い出せない、そんな何気ない一言が折り重なって、いつしか尖った透明な棘となり、相手の心をぐさりと突き刺す。そんな厄介な、目には見えない棘をじんわり溶かす『魔法の粉』を、私は手にしたのだ。

 結婚して五年。お互い喧嘩が好きではない。特に夫は、二つ違いの弟と今まで兄弟喧嘩をしたことがないというくらい、争いごとを好まないタイプだ。交際中も結婚当初も、どこへ行くにも夫と一緒。セミダブルのベッドで、一つの布団に包まって、身を寄せ合い眠っていた。音楽やお笑い芸人の好みも似ていて、比較的穏やかに暮らしてきたが、娘が産まれると、徐々に小さな衝突が増えてきた。
 母となり、常に娘と二十四時間三百六十五日一緒に過ごすことになった。あまりにも小さな体を守り育てるために、子どもの一挙手一投足を注視し、他の子どもと比べて発達が遅れているのではと悩み、育児書やインターネットの情報に振り回され、右往左往。さらに頭の中は、今夜の献立で九割がたいっぱいで、美容室にいつ行ったか、そして化粧の仕方や今季の流行なんてもの、さっぱり忘れて意識の外に追いやっていた。最後に友達と会ったのはいつだっけ。自分の食事はもちろん、トイレや睡眠だって、ショッピングだって二の次。自分のために時間を使うことはなかったし、そんなこと忘れるくらい、無我夢中だった。

 娘ファーストの生活を送っていくうちに、いつしかベッドを買い足し、夫と手を握るどころか体に触れることもなく、そのうえほとんど目すら合わせることのない毎日になっていた。夫はそう、空気みたいな存在。
 照れや余裕のなさ、そして甘えから、夫をつっけんどんに扱うようになり、恋人時代は一度もなかったのに、今となっては何を言ったのか、何が嫌だったのかも思い出せないような、些細なことで喧嘩をするようになった。
 ある日の夕食後、夫の他愛無い一言に引っ掛かり突っ掛かって、そっけない態度をとってしまった。はいはい、と大人な対応で、軽く流してしまえばいいのだが、一度険悪モードを始めると、なかなか止められない。ガラスにひびが入ったかのように、徐々に静かに傷は広がり、そして簡単には修復できなくなる。

 子はかすがい、とはよく言ったもので、娘のあどけない一言や愛くるしい振舞いで、カチカチに固まった氷がゆるゆる溶けていくように、頑なだった怒りがほどけていくこともある。しかし、あの日の怒りは娘のほんわかとした愛嬌をもってしても収まらなかった。

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