9月期優秀作品
『無謀なパン屋計画』神村友
朝日が差し込む部屋で、眠りとの境で微睡むのが心地よく、もう少しだけと私は布団を抱き抱えていた。そこに、淡く甘いような香ばしい匂いが、扉の隙間をすり抜けて入ってきて、私はふんわりとした幸せな気持ちになる。
下の階に降りると、テーブルには焼きたてのパンがずらりと並んでいた。バターロール、レーズンパン、アスパラとベーコンのパン、リンゴのパイ。父がコーヒーを飲みながらパンを頬張っていた。いつもの何気ない光景を眺めて、今日も母は元気だ、とホッとして椅子に座った。
「おはよう、優。今日はどう?」母は歩行車をコロコロと転がしながら、台所からリビングに入ってきた。
「うん、リンゴのが特に好きかも。」と言いながら、私はリンゴのパイにかぶりつく。リンゴの酸味とパンの優しい甘みがマッチして絶妙に美味しく、思わず顔がほころぶ。その様子を見て母は満足気だ。
「パパはアスパラとベーコンが好きだな。」と父はにっこりしてコーヒーを啜った。
母は歩行車を置き、棚につかまりながらゆっくりと椅子に腰掛け、ホットミルクを両手で持ちながら、嬉しそうに朝の朝食の風景を眺めていた。
その後「今日も頑張ってね。でも無理しないで。」と私たちを見送る母は、いつも少し寂しげな表情をしていた。
母のパンを食べて元気をチャージした私は、満員電車に揺られて都内の職場へと向かった。勤続6年目、目標貯金額は1000万円。この目標額を達成したら、さっぱりと辞めるつもりでいる。目標まであと数十万円。先月残業が多かったので、もしかしたら目標額を達成するかもしれない。そして、今日は晴れ晴れしい給料日なのだ。
灰色のビルが立ち並ぶ道、いつもは重い足取りだが今日は軽やかだ。少し早めに会社に着き、自分のデスクで今日客先へ提出する図面とデータを整理していると、
「沢田ちゃんおはよう。今日の準備は大丈夫そう?」と上司の佐藤が声をかけてきた。
「おはようございます。」と私は言い、指でグッドサインをした。
「よかった。あとさ、朝からごめん。来週も3件追加になっちゃったから、追加で提出資料作りお願いしていい?」佐藤は申し訳なさそうに頭を掻いている。
「…わかりました。あとで詳細内容教えてください。」
いつもなら、溜息をついてガックリ頭を垂れるところだが、今日は違った。なんといっても目標額を達成するかもしれないのだ。上司の佐藤はいい人だが、そのいい人が裏目に出て、客先からは便利屋さんのように扱われ、関係のない仕事も引き受けてくるのだ。その後処理をするのが私なので、私は随分と振り回されていた。
我武者羅に仕事をして、気づくと夕方になっていた。
「今月もお疲れさん。」と課長が給料明細を席に置いていく。はっと我に帰った私は、急にそわそわと落ち着かなくなった。いつもなら家に帰ってから大事に開く明細書だが、配られたのを目にして、居ても立っても居られなくなった私は、その場で開いてみた。