9月期優秀作品
『アキと私の湯めぐり記』ユウリ
午後23:30。
ボロアパートの軋む扉を押し開けると、
私は倒れこむように玄関に座り込んだ。
「ただいまー」
暗闇に向かってそう呟いたところで、
当然ながら誰からも返事は帰ってこない。
私はそんな虚しさに押しつぶされないよう、
部屋の明かりとテレビを急いで点けた。
光と音にあふれた空間にいると、
自分が孤独の淵にいることを忘れさせてくれるからだ。
地元を離れてから約1年、長いようで短いこの12ヶ月間は、
夢見る田舎娘が都会の真実を知るには十分すぎる程の時間だった。
太陽の光に反射して美しく見えたオフィス街のビル郡も、
近寄って見れば酷く汚れていることに気づかされ、
スマートで落ち着いて見えた都会の人々は、
ただ他人への関心が薄いだけだと気づいてしまった。
都会は冷たい場所だ。
私は彼らに染められぬよう、外にいる時は精一杯の笑顔を振りまき、
明るい人間でいられるように努力をしている。
しかし、その反動もあってか、自宅に帰って一人になると、
まるでお面を被ったかのように無表情になってしまう。
そんな自分の顔が鏡に映る時、私はどうしようもないほどの虚無に襲われるのだ。
”私はいったい何をしているのだろう”と。
今日も仕事でボロボロになった体を引きずりながら、
夕食の準備をしようとキッチンに向かったとき、
足の小指を何かにぶつけた。
咄嗟に「・・いっ」という言葉にならない小さな悲鳴が漏れたが、
しばらくすれば大して痛くないことに気づき、瞬時に冷静さを取り戻した。
下を向いてみると、そこには大きな段ボールが置いてあった。
「ああ、そういえば昨日、実家から送られてきたんだった」
箱を開けると、中には缶詰やレトルト食品の他に、
水やお茶などの食料品が多く入っていた。
「いつもありがとー。本当に助かるよ、お母さん」
ブツブツとそんなことを云いながら箱の中身を整理していくと、
見慣れない物が入っていることに気づいた。