9月期優秀作品
『4月28日』浴衣なべ
ゴールデンウィークを目前に控えた四月下旬の金曜日、私は平日の真昼間から公園のベンチに座ってお日様を眺めていた。世の中にはお日様を見るとくしゃみが出てしまうという人がいるが、私はどうしてもそれが信じられない。いくらお日様を直視してみても、鼻がむずむずすることはなく何も感じなかった。
口を開けてうつらうつらしていると、隣に綺麗な女の人が座った。日光を受けて控えめに煌めく黒髪、細く華奢な肩、そして小顏。全て、私の持っていないものだ。私は女性に対して堂々と羨望の眼差しを送った。
「ねえ!」
他人の目を一切気にすることなくジロジロ眺めていると、大きな声で呼ばれた。何ごとかと思えば二、三歳くらいの可愛らしい男の子が、ベンチの前に立ってこちらを見ていた。
「ママ!」
ママ? 私は君のような子供を産んだ覚えはないし、そんな年齢でもないよ。
男の子を注意しようとしたら隣の女性が「どうしたの?」と言い、慣れた手つきでその子を抱き上げた。どうやら、二人は親子らしかった。
なんと、この麗しい女性は子持ちだったのか。現役でも十分通用するぞ。
現役とは一体何なのか、自分でもよく分からなかったが、ともかく女性は年上に見えなかったのでびっくりした。
「ママ!」
男の子は先ほどと同じくらい大声を出した。私は思わず両手で耳を塞いだが、それは全く意味がなかった。
「めっ」
女性は白く滑らかな人差し指を立てると、男の子の唇にちょんと当てた。すると男の子ははっとした表情になった。
「ママ、お花買って来た」
次に声を出したとき、男の子の声量はちょうど良いものになっていた。この子はいつも大声を出し、その都度女性に優しく諭されているのだろう。
「ありがとう、よく出来ました」
そう言うと女性は男の子をギュッと抱きしめて、女性譲りだと思われる男の子の艶やかな髪を五指で梳かすように撫でた。
その様子を穏やかな気持ちで眺めていると、おや? とおかしなことに気がついた。
「あら? あなた、お花は?」
女性も私と同じタイミングで気がついた。男の子は花を買ってきたと報告したが、その手には何も握られていなかった。
「お花、どうしたの?」
女性は怒ることなく、静かにゆっくりと質問した。
「あれー?」
男の子は質問に答える代わりに素っ頓狂な声をあげた。そして何も持っていない自分の両手をじっと見つめた。それからポケットの中をさぐり始めたが、もちろんそんなところに花は入っていない。男の子はしばらく花を探していたが結局見つからなかった、
「……ごめんなさい」