9月期優秀作品
『父の弱点』塚田浩司
四歳の息子ユウマと夕食を食べながら野球中継を見るのが今一番の至福の時間かもしれない。幸い、息子のユウマも徐々に野球に興味が湧いてきている。そろそろグローブを与えてもいいかもしれない。そんな事を考えながら飲むビールは仕事の疲れも癒してくれる。
そんな時、平和な時間を奴に奪われた。
「あっー! 虫でた。ママー、虫!」
ユウマの視線を追うと窓ガラスに黒い虫がついていた。僕は思わず顔をしかめた。
僕は小さいころから虫が嫌いで退治するのはいつも妻のナオだった。
ナオは駆け寄り「そんなに泣かないの、お化けが出たわけじゃないんだから」とユウマをなだめた。
大げさに泣き叫ぶユウマの顔を見て、変なところが遺伝してしまったと苦笑いしながら僕は昔を思い出した。
小さい頃、僕がユウマのように虫に怯え泣いていると父は僕を厳しく叱った。
「こら、男が虫なんか怖がるんじゃない」
そう怒鳴った後、虫を素手で潰した。それが蜘蛛でもコガネムシでもどんなにおぞましい虫であっても父は容赦なく潰した。
父はとても男らしい人だった。色が黒くガタイも良い。酒も強くて親分肌で町の若い衆をはじめ、みんなから慕われていた。
一方、息子の僕は母似なのか、背が小さいし肌の色も白い。小さい頃はクラスでも背が低いことや声が小さいことをからかわれるし、気が小さいので自分の意見が言えない。そのおかげ少年野球では誰もやりたがらなかったキャッチャーをやらされる羽目になった。僕とはそんな男だ。父とは似ても似つかなかった。
そんな男らしい父も病には勝てず六年前に亡くなった。本当は父にユウマを見せてやりたかったけれど間に合わなかった。
小学生の頃、父はキャチャーを任された僕と毎日のようにキャッチボールをしてくれた。正確に言うとしてくれたというより、させられていたという方が正しいかもしれない。僕は嫌だった。それは小さな僕に対しても父は強いボールを投げてくるからだ。
「キャッチャーならそれぐらいのボールとれなきゃダメだ」と厳しい言葉を浴びせながら暗くなるまでやらされる。恐ろしい父と面と向かわなければならないし、手はジンジンするし最悪だった。
でも、父の容赦ないボールのおかげか、同級生のボールくらいなら問題なくキャッチできるようになった。これにはチームメイトみんなが僕を見直してくれた。それがキッカケで自信が付き、スポーツは全般的に得意になったし気弱な僕もクラスで伸び伸びと過ごすことが出来るようになった。
出棺の時、僕はボロボロのグローブをお棺に入れた。父とキャッチボールをした思い出のグローブだ。
葬儀が終わり落ち着いたころ、母が僕に紙袋を渡してきた。中には古いグローブが入っていた。
「これ、お父さんのグローブ。あんたのはお棺に入れちゃったから、これはあんたがお守り代わりに持っていなさい。これがきっとお前を守ってくれる」