9月期優秀作品
『家族のキモチ』大木泉
その日の講義もすべて終わって帰宅しようとしていたタクミは、スマホに届いたメールに気づいた。珍しく父からだ。大学入学とともに一人暮らしを始めて、そろそろ2ヵ月半。父から直接の連絡は初めてではないだろうか。
「出張から帰ったら母さんが家にいないんだけど、そっちに何か連絡ないかな?」
メールを開くと思ってもみない質問だった。全く状況がわからないながら、とりあえず
「ないけどどうしたの?本人に連絡してみてよ」
と返す。いくらも歩かないうちに、また
「電話したんだけど繋がらないんだ」
と返信がある。どういうことだと不安になり、このままのやり取りでは埒が明かなそうで、大学の最寄り駅についたところでタクミは父に電話をかけた。
「お、今大丈夫なのか?」
意外に慌てたふうでもない父の声が返って来て、とりあえず少し安心する。
「今から帰るとこだけど、どうゆうこと?」
父の説明によると、三泊四日の出張の予定が急遽短縮になり、一日早く家に戻ったところ母が留守だったのだそうだ。パートに行く日でもないし(冷蔵庫に貼られているシフト表でも確認したらしい)、買い物にしてもそろそろ夕飯時というこの時間になって帰らないのは珍しい。夜に外出の予定があるとすれば、出張中であっても自分には言うはずだと思う。ざっと見たところ、週一でスポーツジムに行くときに使っている大き目のバッグが見当たらないので、もしかすると一泊くらいするつもりでタクミのところに行ったんじゃないかと、ふと思いついたらしい。
「いやいや、変じゃね。だったらなおさら、父さんにそう言って出て来るんじゃないの?」
「んー、そうなんだけど、母さん、ちょっと恥ずかしかったのかなと思って」
「何がだよ。大体、何で俺のとこに来ると思うんだよ?」
タクミの母は、月並みな言い方だが明るくさばさばした人だ。
受験の時にタクミは、第一志望にしたいのが東京の大学なんだ、と言い出すのに、ちょっと勇気がいった。家を出るってことを、親は、特に母はどう思うだろう。一人暮らしも心配されるだろうし、やっぱり寂しくなるんじゃないか。自分は一人っ子だしな。
それが、大学資料など取り揃えて言い出してみると、父より先に母があっさりと言った。
「いいんじゃない。ここでやってみたいことあるんなら。男子も自分のことくらい一人でできなきゃだし、一人暮らしして私のありがたみでも思い知ればいいよ~」
最後の冗談(おそらく)を聞いて父も
「タクミが考えて決めたなら、いいと思うよ。良さそうなところだよな。まずは勉強頑張りなさい」
と言ってくれた。