小説

『檸檬爆発』和織(『檸檬』)

 柑橘フレーヴァーの煙の中で、彼はぽぴんを鳴らしながらあいつの後姿をじっとりと見送っている。辺りにはいろいろなものが散乱していて、いろいろなものが壊れている。散ったガラスは床でモザイク画のようになっていて、迷子になったロココの浮模様の一部が、怪物の、大きくあいた口先みたいになっていた。そしてその合間合間に、檸檬が転がっている。爆発と同時に、莫大な量に増えてしまったのだ。
 彼が吹く度、ぽぴんのびいどろの色が音と共に弾け、悲し気な花火が咲いていた。
「もう俺たちはここからどこへも行けないってことだな」
 彼が言うと、目の前に座っていた彼が、おはじきを一粒口の中へ入れた。それを舐め回しながら、気だるそうな顔をする。
「仕方がないじゃないか。人間とは変わるものだ。そういう生き物だ。昔からそうだしこれからもそうだ。変わることが一つもない人生があるとしたら、それは間違って選ばれたものさ」
「檸檬か・・・まったく。でも、あいつらしいじゃないか」
 そう言った彼は、切子で酒を飲んでいる。その奥で煙管をふかす彼は、無事だった赤い香水瓶を眺めている。
「あいつは今、何に酔っているんだ?」
 香水の瓶が開けられて、柑橘フレーヴァーにその匂いが混ざる。
「自分さ。俺たちをここへ置いていく自分」
「檸檬を爆発させた自分」
「でもそれだっていつまでも続きはしない」
「これから何があいつを酔わせるんだろう」
「もう俺たちには関係ないさ」
「そうだな」
「そうだ」
「しかし一度くらい、こちらから何かしかけてやれないものだろうか」
「何を言ってる?」
「これでさ」
 彼は檸檬を手に取った。彼らは一斉にあいつを振り返る。あいつはちょうど、橋に足をかけたところだった。
「これであの橋を爆破できないものか」
「馬鹿言え」
「やってみたらいいじゃないか」
「どうせ暇なんだし」
「投げるぞ」

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