顔の無い女が「あら、本当に石太郎と書いてあるわ」とひとり言を呟き、その場を立ち去ると、二日酔いで痛む頭を抱え、昼過ぎにようやく寝床から這い出した桃太郎が茶の間にやって来て、ドカッと腰を下ろします。
「婆さん。すまないが水を一杯くれないか」
仏頂面で水を差し出したお婆さんが。
「毎日毎日酔っぱらって朝帰り。世間体が悪いったらありゃしないよ」
「朝から説教はよしてくれよ。だいいち世間体が悪いってこたぁねぇだろ。俺ぁ鬼ヶ島からお宝を持ち帰った英雄だぜ。ああ美味い。酔い醒めの水下戸知らずってな」
「何を言ってやがんだい。何が朝からだよ。ご覧、お天道様を。もう昼過ぎだよ。それに鬼ヶ島からお宝を持ち帰ったのは何年前だと思ってんだい。お宝だって、みーんなお前が酒にかえちまったじゃないか。世間じゃお前の事を酔っ払い太郎、ニート太郎なんて言って、陰では嗤っているんだよ。情けない。死んだお爺さんにも申し訳ないと思わないのかい」
お婆さん後半は涙声で桃太郎に訴えます。
「ニートとは言ってないんじゃないか?ニートって言葉が日本で使われるのは2004年からだったはずだぜ。Wikiによるとな」
「理屈をお言いじゃないよ!お前だってwikiなんて言葉を使っているじゃないか。年寄りだと思って馬鹿にしやがって。うー悔しい。あたしだって、あたしだって若い頃は・・・」
「若い頃がどーしたい?婆さんの若い頃の設定なんざ、ひとっつもないんだぜ。だって物語上必要性がないからな。つまり、婆さんは初めっから婆さんとして存在していたって訳だ」
「ひぃー悔しい。えーんえーん。桃太郎があたしという存在の根源に対し、悪口を言って苛めるぅー。えーんえーん。あたしのアイデンティティーがー」
「あー、ごめんごめん。面倒くせえな。俺が悪かった。言い過ぎた。悪かったよ。謝るから泣くなよ。泣くなって。よし。じゃ、こうしよう俺ぁ。明日からまた鬼退治にいってくらぁ」
「本当かい?」
お婆さん途端に泣き止みます。
「あぁ。本当だとも。実際俺も退屈で仕様がなかったんだ。一丁鬼ヶ島で大暴れしてくるとしようじゃないか。そうしないと物語も動き出さないしな。婆さん、きび団子の用意を頼むぜ」
桃太郎の言葉にお婆さん目を輝かします。