「やっと、その気になってくれたんだね。頼んだよ。支払いも色々と溜まっているんだ。あたしゃ、ここ数年着物ひとつ買ってないんだからね。贅沢させておくれ。本当に頼んだよ。お宝を持ち帰れなかったら、あたしとお前で飢え死にするしかないんだからね」
「おいおい、門出の前に辛気臭ぇ話はよしてくれよ。それじゃ、俺ぁ景気づけに一杯引っかけてくるとするから婆さん、お足をくんねぇ」
桃太郎がお婆さんに手を差し出します。
ここでお婆さん桃太郎から目線を外し、キッと虚空を睨むと、読者であるあなたと目線が合ったのを確認し、いささか芝居がかった仕草で肩をすくめ、ため息を吐きます。
兎にも角にも、こうして桃太郎は再び鬼ヶ島への旅へと出発したのでした。
日の丸鉢巻に陣羽織、手には日本一と染め抜かれた幟。腰にぶら下げた袋にはきび団子という、お馴染みの桃太郎スタイルで懐かしの道を歩いていますと、ほっぺの紅い、典型的な村人といった風情の男が桃太郎に近付いてきました。
「あのーすんません。もすかすて桃太郎さんではねえですか?」
村人っぽい男が尋ねます。
「いかにも。俺ぁ桃太郎だが、何か用か?」
「あー、やっぱす。いでたちを見て、そーじゃねえかと思っただ。初めまして。おらイシタロウと言いますだ。石に太郎と書くだ。もすかすて鬼退治に行くんですか?」
「まあな。鬼退治よりもお宝を手に入れるのがメインで、鬼退治はついでだがな」
「やっぱす鬼退治だか!桃太郎さん、お願げえしますだ。おらもお供させて下せえ。きっと役に立ちますだ。実はおら、桃太郎さんの様なスーパーヒーローではねんだけども、昔話の主人公なんですだ」
「昔話の主人公で石太郎?はて、聞いた事がないがな」
「聞いた事がなくて当然ですだ。昔話なんて星の数ほどありますだ。んでも、そん中で有名なのはごく僅かだ。そんで、中でも一番有名で、昔話界の頂点に君臨しているのが、桃太郎さんあんただ。そんなあんたが超マイナーなおらの事知らないのは当然だべ」
日本一の幟を持って歩く程自己顕示欲の強い桃太郎。虚栄心をくすぐられ悪い気はしません。
「成程。それも道理。して石太郎、お前はどの様な昔話の主人公なのだ」
すっかりいい心持ちになった桃太郎、いつにない重々しい口調で尋ねます。この時二人の背後を顔の無い女がちらっとこちらをを見ながら、桃太郎の家の方角へと走っていくのに二人は気付きませんでした。