6月期優秀作品
『ガーディアン』十六夜博士
見慣れた紺の暖簾をくぐり、店の中に入ると、奥の角にある、いつもの席に同僚の西村が見えた。金曜日の20時頃ということで、店は盛況だった。カウンターで客が入ってきたことに気付いた大将が、俺だと気付き、軽く会釈をした後、西村に視線を移す。俺は、了解とばかり、軽く頷くと、大将の横を通り過ぎて、西村が待つ席に向かった。
西村はすでに飲み始めていたが、俺に気付くと、「よぉ」と手を上げた。
「待たせて悪かったな」
俺は、約束の時間を30分過ぎて待ち合わせ場所に到着したことを、まず詫びた。
「いやぁ~、こっちこそ悪かったな。忙しいのに誘っちゃって」
「俺もちょうどお前と飲みたいと思っていたんだ」
「そうか、そりゃ良かった」
俺は席に座ると、近くを通りかかった女将さんに「生ビールひとつ!」と告げた。
女将さんは、俺の声に軽く頷き、厨房に消えていった。
西村と俺は、35年前に某大手メーカーに、同期で入社して以来の友人だ。西村は営業、俺は技術として、これまで働いている。新人研修でいっしょになって以降、特段いっしょに仕事をした訳でもないが、なぜか気が合い、たまにどちらともなく誘い合って、飲みに行く仲だ。同期と言うのは不思議なもので、そんな利害関係のない間柄の仲間が数人いる。
俺のビールが届くと、「じゃあ、乾杯!」とグラスを合わせた。
待ってましたとばかりに、「最近、どうよ?」と西村がお決まりのセリフを言った。
こちらもお決まりの「まあまあだな」という答えを返す。
お互い、いつもながらの挨拶に、フッと自虐的な笑いを漏らした。
「まあまあか。いいじゃないか」
そんな始まりのあと、俺たちはいつものように、会社に関する最近の話題を報告しあい、○○役員がアホ過ぎるだとか、得意先に叱られて散々だったなど、サラリーマン的な愚痴を言いあった。
一通り、お互いの近況を喋り終えると、「中井、俺さ~、今、悩みがあるんだよな~」と西村が切り出してきた。
何となく誘い合う仲だが、相手を誘うってことは、大概何か話したいことがあるものだ。今日の本題はきっとこれからなのだ。
「何が悩みなんだよ」
「いや~、来週の日曜日、そう、あと約一週間後だな。聡子の結婚式なわけだよ」
俺は、西村の一人娘の聡子が結婚することを思い出した。すっかり忘れていたことを若干後ろめたく感じた。
「ああっ、そうだったな。聡子ちゃん、結婚って言ってたもんな。もう来週か……」
「そうだよ、もう来週!」