6月期優秀作品
『柚は幸せの素』守村知紘
突然だが、私は運が悪い。まだ小学生の時に父を亡くしてからは、母と私の二人三脚で有体に言って貧乏な少女時代を過ごした。結婚後は、娘をひとり設けたものの、夫とは色々あって離婚して今は私もシングルマザー。懸賞の類に当たったことは一度も無いし、パートのシフトも組みたくない人とばかり当たる。
しかし、
「柚。柚宛てに手紙が来ているよ。何かに応募したの?」
「えっ、本当!?」
このたび娘の柚には、なんと全国のスーパーやドラッグストアで使える商品券、五百円分が当たりました。
しかし当たったのが商品券だと分かると、娘は何故か落胆した。その理由は、
「へぇ、本当は温泉旅行が当たるはずだったんだ?」
この商品券はメインの応募が外れた人達への残念賞的なものだったらしい。それにしても小学一年生の柚なら、B賞の温泉よりA賞の某有名テーマパークのパスポートの方が良さそうなものだけど、あえてB賞に応募するなんて、
「そんなに温泉に行きたかったの?」
旅行番組か何かを見て、興味を持ったのだろうか?実はまだ柚がよちよち歩きだった頃、最初で最後の家族旅行で、温泉に行ったことがあるのだが、
「……ゴメンね。何処にも連れて行ってあげられなくて」
記憶していない経験など、無いのと同じだ。温泉にしろ、遊園地にしろ、離婚してから何処にも連れて行ってあげられていないのが可哀想で謝ると、
「ちがうの。柚が行きたいんじゃなくて、おかあさんにあげたかったの」
「お母さんに?どうして?」
「だってこの間、温泉に行きたいって言っていたから」
「ああ……」
確かに言ったかも。CMや旅番組で温泉が映ると、疲れた人の性と言うか「いいなぁ、温泉」と、つい言ってしまう。でも貧乏暇なしと言うヤツで、温泉に行くほどの余暇が無いし、交通費や雑費も勿体ない。そんなチケットがあるなら、自分が行くより転売と言うことになっていただろう。それでは娘に申し訳ないので、当たらなくてむしろ良かった。
そうこう考えていると、娘は小さな手で私に商品券を差し出して、
「お母さん。温泉旅行じゃないけど、この券はお母さんが使って」
「えっ、どうして? 柚だって欲しいものがあるでしょう?」
「柚は欲しいもの、無いからいいの」