小説

『いそうろう』冨田礼子(『一寸法師』)

 まっすぐ宇宙まで見えているんだろうなと思いながらくっきり青い空をみあげていた。ようやく洗濯物をベランダに干し終えて、カーペットに寝転がったところ。のんびりと、いつまででも眺めていたいほど気持ちいいお天気で、洗いあがってさっぱりした洗濯物が並んでかすかにゆれている。いつもの一週間分に、セーターや厚手のカーディガンなど、出番が減った冬物も並んで、にぎやかだ。そういえば、このホットカーペットもそろそろ洗って片付ける頃。でも、もう干すスペースないし、とりあえず今日は掃除機かけようと心を決め、えいやっとはずみをつけて起き上がりがてら座椅子を部屋のすみへ蹴りとばし、おもわず息をのんだ。
 最初は何を見ているのかわからなかった。親指ほどの人が、こちらに背をむけ、頭を両手で抱え、小さい体をさらに小さく丸めてうずくまっていたのだ。
 まじまじと見つめていると、その小さな男の人はそっとこちらを振り向きながらうかがうように見ると、あきらめた様子で、でも意外に思い切りよくこちらを向いて立ち上がった。 
 「ずるいよ、いきなりは」
 ささやくような声だった。「え、なんて言ったの?」聞き返しながらぺたんと座り込み、顔を近づけた。意外にスマートなイケメンで、見つめられてどきっとした。
 「そんなに急に動くなよな。」
 かすれた声だった。のどのあたりをつまむようにしてちょっとせきばらい。
 「しゃべるの久しぶりだから、声が出ない。」
 「久しぶりって、あなた、なに?いつからここにいるの?」
 「おれは、あー、いそうろう?」
 「いそうろう?って聞かないでよ私に。名前はなんていうの。あ、私のことのぞいてたの?」
 「失礼だな。おれそんな品性下劣な人間じゃないぜ。」
 「一応人間なわけね。名前は?一人きりなの?いつからいるの?」
 「おいおい。ちょっとまてよ。いきなり質問ぜめか。それより掃除は?やっとする気になったんだろ。」
 「いきなり、なによ。」
 「だって先週もしなかっただろ。けっこうほこり溜まってるぜ。こまんだよな。油断するとほこりまみれだ。」
 「あきれた。そんなえらそうなこと言えた立場なの。いそうろうなら掃除くらいしといたらいいじゃない。あ、無理か、そんな小さくちゃ掃除機かけられないもんね。」
 きまり悪そうな顔をした彼がふいっと本棚の裏のほうへすべり込むのを横目で見ながら、私は丸まっていたひざ掛けやフリースを勢いよくぱたぱた広げ、たたみ、掃除を始めた。なんだかどぎまぎして、たくさん聞きたいことがあったのに、何を聞いたらいいのか、どうしたらいいのかわからなかったのだ。一応人間とか小さいとか、あんまり失礼なものいいだったようにも感じていた。
 「ごみと一緒に吸い込まれないようにね。」
 どぎまぎついでにそうよびかけて、掃除機のスイッチをいれた。棚の裏の暗いすみに入り込んだ彼がほこりまみれになっている姿が浮かんでおかしくなり、一人で笑いながら、ふだんならかけないようなレンジ台の下なども、のぞきこんでから、きれいにした。それにしても、普通にほこりのたまっていないところだけで十分生活できただろうに。なにも気づいていない私からかくれているのはそんなに難しいことではなかったろうに、なにを求めてそんなすみっこまでいかなきゃならないのか。というか、我が家にはゴキブリはいないってことだろうな。だってもしいたら、大きさ的にも、共存するにはかなり危険な生き物だろうし。それともやっつけてくれていたのかな、などと、まとまりのないことをあれこれ考えながら一生懸命掃除機をかけた。

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