小説

『奪う声』菊野琴子(『ルンペルシュティルツヒェン』『灰かぶり』)

 ふつうのひとになりたかった。愚かでもなく、賢くもない。醜くもなく、美しくもない。誰からも馬鹿にされない、誰からも妬まれない、ふつうのひとになりたかった。
 前髪をのばし、眼鏡をかけ、灰色の服を着た。小さな声で挨拶をし、決められた集まりには出席して、にこにこするようにした。何も考えず、言われたことだけをやり、誘われれば遊びに行き、相談事を聞いて相手の欲しがっている言葉だけを口にした。
 願いは叶い、私はふつうのひとになった。適度に軽んじられ、適度に大切にされる、ふつうのひとになった。
 でも、いま、夢を見る。

――――――足りない。足りない。足りない。もっと差し出してくれなくちゃあ、願いを叶えることはできないよ。

 何を差し出せばいいのですか、と私はいつも懇願するように問う。

――――――おまえは何を持っている。

 わずかな友情を。

――――――いいだろう。

 目を覚ますと、いつも体がひどく重い。夢のことは、隅々まで覚えている。私はこわくなる。気づくと、友人からの連絡に応えるのが疎かになっている。休日に誘ってくれる友人がいなくなったとき、また夢を見た。

――――――足りない。足りない。足りない。もっと差し出してくれなくちゃあ、願いを叶えることはできないよ。

 私は必死で叫ぶ。
 わずかです、わずかです、私が持っているものは、何もかもがわずかなんです。
 あなたは誰なんです。どうして私から奪っていこうとするんです。

 声は笑う。

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