小説

『私刑』岩崎大(『猿蟹合戦』)

 その猿顔の男は、誰からも嫌われていた。
 なによりも、その人を見下したような笑顔が、誰をも不快にした。はじめて男を見た者は、その笑顔にまず戸惑い、少しずつ怒りがこみあげる。そして別の日、男が、独りで寒そうに歩いているときも、重そうな荷物を運んでいるときも、どんなときでもあの笑顔が張り付いていることがわかると、この男に近づいてはいけないと肌で感じるのだった。
 ある日、老婆が死んだ。老婆は足が悪く、耳も遠く、まっすぐ歩けないので人の邪魔になり、レジでお金を払うときには、いつも後ろに行列を作っていた。話好きで、誰彼かまわず声をかけ、商売人を辟易させた。おまけにつまらない話を、とんでもなくゆっくり、それでいてはっきりした声でするものだから、老婆の口の先から時間が歪んでいくような気分になった。老婆はいつも郷里を尋ねる。毎回尋ねる。誰がどこだと言ったところで、答えは決まって「へぇ、それはよいところですねぇ」だった。思えば老婆はいつも笑顔だった。階段から落ちて、頭を打って死んだらしい。
 老婆のいない街では、時間はもう歪まない。一定で機能的な時間が、これからも永遠に続くだろう。その代わりに、老婆は死を残していった。郷里の話のかわりに、老婆の死の話が毎回あった。やがてそれも消えていくだろう。しかし時間はまだそれを許さなかった。あの猿顔の男が、老婆が死んだあの階段を、あの日、降りていくのを、とんがり鼻の男が見たからだ。
 猿顔の男を、街の誰もが知っていたが、誰も知らなかった。たしかに名乗っていたのだが、誰も名前を覚えていない。きっとあの笑顔にあてられて、名前どころではないのだろう。どこから来たのかもわからない。橋をわたって街にやってくる姿は、多くの人の目に不快感とともに焼き付いているから、この街の者ではないのだろう。男は家の保守点検をする仕事をしていた。どうしてあんなのが人前に出る仕事をしているのかと、老婆の死後に人々は噂した。それまでは男の話をする者などいなかったのだ。
 とんがり鼻の男は、目撃者としての責任から、街に現れた猿顔の男に声をかけた。ふだん他人から話しかけられることなどあるはずもない猿顔の男は、驚きの表情を見せるわけでもなく、相変わらずあの不快な笑顔を浮かべて、とんがり鼻の男の胴体を貫いて、地平線を見つめていた。声をかけた側のとんがり鼻の男は、こいつは心では驚いているのかもしれないとも思ったが、すぐにそんなことを考えるのはやめた。「あんた、蟹江のばぁちゃんとはどういう関係なんだ?」と尋ねた。猿顔の男はなにやらもごもごと息をもらしたあとで、「おかげさまで、たいへんよくしていただいています」と、思ったよりもはっきりと、乾いた声で答えた。とんがり鼻の男がその顔と声を不用意にまっすぐ受け取ってしまい、たいそう戸惑っていると、猿顔の男は会釈なのかよくわからないくらい奇妙な仕方で首を動かし、歩いて去っていった。
 時の流れは揺るがない。あの不愉快な男でさえ、人々を不愉快にさせるということ以外は、何の咎もない。だが老婆の死は、あの不愉快な笑顔を咎める。人はよいが迷惑だった老婆も、死んでしまえば聖人君子だ。

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