競馬にいって負けた。
それがすべての始まりだった。
憎たらしい負け馬から視線をあげると、とおい空に巨大な太陽。山に沈もうとしていた。
こんなもん火にくべてやれ、そう思って俺はバラバラにちぎった馬券を夕陽にむかって投げつけた。
ふりかえったその男は、
「いい肩ですね。どうです、メジャーリーグでピッチャーをしてみる気はありませんか?給料をはずみますよ」
とは、いわなかった。
こういったのだ。
「こらクゾガキ。おんどれはどうして人様の頭に紙くず放るんなら。こら。おい、ぶち食らわすぞこら」
そこで、俺はタヌキになった。
タヌキになってあっかんべーしてやった。あっかんべーしながら尻をペチペチ叩きながら鼻くそを飛ばしてやった。
「うわあ、タヌキにからかわれたあ!」
そういって頭に紙の雪をのせた男は犬ころのように逃げていった。
さて、俺は酔っぱらいたかった。
となりにいたおばさんに、
「なんせ俺は十七年も生きてきたのです。たまには飲まないとやってられないのです」
というと、となりにいたおばさんは
「うわあ、タヌキに目をつけられたあ!」
といってローリングストーンのように走り去っていった。俺はほんのすこし悲しかった。
「じっさい、きりたんぽは武器だし、納豆だって凶器だよ。あたしたち日本人はそこんところをよく認識しなおす必要があると思うね」
と俺は行きつけのバーでやや女ぶっていった。
「ハハ。酔っぱらったタヌキになに言われたって、聞く耳もたないね」
とノッポでアフロのマスターが皿を磨きながら笑った。
うすぐらい店の照明に、マスターの金の前歯がキラリとまたたいた。
まるで夜空に浮かぶ星のようだ、いつか機会があればあれを盗もう、と俺は、体内で大泥棒の血が静かに脈打つのを感じた。