地平の果てまで続く大麦やライ麦の畑を貫くように、一本の川が流れていた。川岸では柳やポプラが吹く風に揺れていた。漣立ちながら水は流れ、やがて多塔の城へとたどり着く。灰色の城壁を振り仰いでも、塔の頂は見えぬ。城の名をキャメロットという。
行き交う人々は、水辺にうつった自身の影とキャメロットの城を見比べて、深くため息をつく。この城に誰が住んでいるのかは誰も知らない。他国から落ちてきた王族が隠れていると言う者もあれば、美しい妖精の遊び場だと言う者もいた。全能の神が塔の頂から、人々の振舞を見ているのだと言う者も多かった。それゆえこの地の者どもは信仰深く勤勉で、慎ましくも幸福に暮らしていた。
さてこの城には、一人の女性が住んでいた。閉じ込められていたと言った方が正しいかもしれない。シャロットという名のその女性は、尖塔の狭い一室で日がな一日、機を織って暮らしていた。色も鮮やかな法呪の織物であった。彼女の前には澄んだ鏡がぶら下がっている。そこにうつる様々に思いを馳せながら、彼女は窓辺に立てぬ自身の縛めを悲しむのだった。
かつてシャロットは、高潔な精神と美貌をもって知られていた。彼女をダナエにたとえ、「黄金の雨に気をつけよ」と言う者もいた。「白鳥を抱いてはならぬ、それは争いの種を生む」と言う者もいた。こうした甘言を真に受けるでもなかったが、心のどこかに驕りがあったのかもしれない。やがて彼女は祭り上げられ、民衆を煽るばかりか神々の不実を糾弾するようになった。
そしてシャロットは、神々の怒りに触れたのだった。人の身を剥奪され、キャメロット城の尖塔に閉じ込められた。窓辺に立ち、下界を見ればすべてを失うという呪いとともに。
神の視座を手にしながら、シャロットは鏡越しにしか下界の出来事を知ることができなかった。鏡は下界のすべてを映し出す。しかし彼女は下界と交わることができない。手慰みに機を織り、いつかこの呪いを解いてくれる誰かのために捧げたいと願っていた。
キャメロット城は孤島の中央にそびえている。城も島も、そこで暮らす人々も、シャロットのためにつくられた。いわば神の箱庭であった。ゆえに悪意など存在せず、外界との交流もなかった。善良な人々はなぜこの島で暮らしているのかも分らぬままに、城を崇め、この狭い世界で日々を重ねた。シャロットが鏡越しに見るのは、こうした人々の穏やかな暮らしであった。かつて自分が身を置いていた、きらびやかな世界とは大きな隔たりがあった。この地の人々は享楽など知らずに過ごしている。麦刈る人々は朝早くから土と親しみ、月影の落ちる頃に家路をたどる。赤い外套を羽織った市場の女たちは、喜々として物売りに興じる。彼らはみな小さな喜びを積み重ねて生きている。