小説

『パノプティコン』末永政和(『シャロットの姫』テニスン)

 時には葬儀の列が楽の音を誘って、夜の静寂を歩むこともあった。たとえ不幸な出来事に涙したとしても、それは一切の曇りのない、美しい涙であった。シャロットは己の来し方に思いを致し、己の罪を恥じた。もしも呪いの解ける日が来るならば、この地で慎ましく暮らしていきたいと思った。

 時が幾度経巡っても、シャロットは若さを失わなかった。窓から下界を見た瞬間に、彼女は呪いによって全てを失う。言い換えれば、下界を直接見ない限り彼女は何一つ失わずに済むのであった。この狭い一室のなかで永遠を生きる、それが彼女に与えられた罰であり、不死であるという一点において、彼女は他の神々と何ら変わりはなかった。
 人々の良き営みは、ささくれ立った彼女の心を慰めた。豊穣の祭りも、若い男女の睦み合いも、そのすべてが自然そのものであり、守られるべきものであった。人々もまた、天を貫くキャメロット城を畏れながら、敬うことを忘れなかった。それは平和の証であったから。
 しかし平穏も、長くは続かなかった。人々はやがて、得体の知れぬキャメロット城を鬱陶しく感じ始めたのである。あの高い尖塔から、常時誰かに見られている。その監視者がたとえ神だったとしても、彼らはその事実から目を背けたがった。
 彼らは物陰に隠れて、城からは見えぬように小声で語り合うようになった。小さな秘密はやがて綻びを生み、他愛のない悪意は際限なく膨らんでいく。また彼らは、どれだけ祈っても神が手を差し伸べてくれないことに苛立を覚えていた。小さなこの世界で不平不満は募りに募り、人々は互いに傷つけ合うようになる。永劫平和の壷中の天と思われたこの世界は、気づけば壺毒の様相を呈していた。中には城の扉を無理矢理開けようとする者や、城の外壁に火を放つ者もいた。しかし見えざる力で守られたこのキャメロット城はびくともせず、それがかえって人々の怒りに火をつける結果となった。

 シャロットはこうした惨状に胸を痛めていたが、鏡にうつる業火は彼女の心を妖しく揺さぶった。奇妙な高ぶりを、彼女は否定できなかった。平穏に飽いていたのだ。毎日代わり映えのしない人々の暮らしなど、そう何十年も見続けられるものではない。平穏こそが幸福なのだと分ってはいても、彼女は暗い刺激を欲していた。
 織物の手を止めて、シャロットは目を大きく見開いて食い入るように鏡を見ていた。そこにはあらゆる暴力が、あらゆる悲しみが映し出されていた。花は無惨にむしられ、家々は荒れ果てた。路頭を迷う子どもたちもいた。血を流し倒れ伏す老人もいた。淫奔に身を委ねる若者もいた。彼女はこれらの悪意から、目をそらせずにいた。

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