小説

『27倶楽部』春名功武(『The 27 Club(ジンクス)』)

 

 

 ある静かな夜。窓の外には幻想的な三日月が浮かび、見慣れた景色は神秘的に映っていた。こんな夜は良い曲が出来そうだ。伊吹昭二は窓辺に腰を下ろし、ギターを奏で、思いつくままに歌を口ずさむ。彼はプロのミュージシャンを目指しており、素質もカリスマ性もあった。

「良い曲じゃないか、ベイビー」

 どこからともなく声が聞こえた。古いアパートの一室には、伊吹の他には誰もいないはずだが、いちおう声のした方を振り向いた。

 そこには、長く伸ばした蛍光ピンクの髪の毛に、ド派手なメイクをした中年の男性が、全身スタッズまみれの衣装を着て、陽気に踊っていた。天井から吊るした裸電球の明かりがスポットライトのように男性を照らしている。

 出で立ちが普通でない事は明らかだったが、それ以上に、とにかく小さく、カードケースぐらいの大きさで、背中には白鳥のような羽根がついていて、空中を飛んでいる。

 伊吹は、腰を抜かしそうなほど驚いたが、ロックミュージシャンの端くれとして、クールでなきゃカッコ付かない。悟られないよう平然と聞く。

「あんた、誰よ」

「俺か。俺はロックの妖精」

 ファンキーな出で立ちで、背中の羽根で飛んでいるようだから、そうなのかと納得してしまう。

「妖精なのは分かったが、妖精が何の用よ」

「君は選ばれたんだぜ、ベイビー」

 妖精は首から下げたギターを激しく掻き鳴らす。ロックの妖精だけあって、見事なギターさばきだ。伊吹は思わず見惚れてしまうが、聞かなければならない事があった。

「選ばれたって…いったい何に?」

 心当たりはなかった。

「君の音楽は伝説となるぜ、ベイビー」

 妖精は蛍光ピンクの長い髪を振り乱しながら激しくギターを掻き鳴らす。

「伝説か。まぁ俺なら作っちまうかもなぁ」

 飛び跳ねるほど嬉しかったが、ロックンロールはいかなる時もカッコ付けるものだから、そう言った。

 妖精の話にはまだ続きがあった。

「その代償に、27歳で死ぬけどいいよな、ベイビー」

 伊吹はロックの妖精が何しに来たのかようやく理解した。これは27倶楽部(トゥエンティセブンクラブ)の入会の誘いだ。

 27倶楽部とは、1969年から1971年の短期間に複数の人気アーティストが27歳という年齢で死亡したことにより生まれたジンクスである。成功と引き換えに悪魔に魂を売るという契約を交わしていたのではないかと囁かれている。その悪魔の名前は「ロノウェ」だったと記憶しているが、やってきたのは妖精。悪魔と妖精の違いはあれど、27倶楽部が実在しているということか。

 27倶楽部の仲間入りが出来るなんて、ミュージシャンにとっては身に余る名誉だ。しかし捉え方を変えれば、余命宣告を受けたようなものである。伊吹は20歳になったばかりだから、あと7年の命ということになる。

「太く短い人生もありだろう。この7年忙しくなるぜ」

 ロックンロールっぽくそう言い放ったが、伊吹の顔は引き攣っていた。

「そっか、俺はあと7年で死ぬのか。7年っていや、あっという間だろうなぁ。あと7年か…あと7年ね…」

 さすがのロックンロールも、影を潜めてしまう。

「ベイビー、嫌なら、断る事も出来るぜ」

 妖精が見かねて言った。

「え、そうなの。断れるの」

 伊吹は思わず身を乗りだした。

「断るのは勝手だけど、君の生まれながらに持っている才能は、開花しないので、そこんところは、よろしく。伝説を作ることもないし、プロにすらなれない。趣味と割り切って音楽を続けるのは勝手だけどね。さ、どうする?どちらを選らんでも構わないぜ、ベイビー」

 伝説を作り名声を得て27歳でこの世を去るか、音楽は趣味と割り切って長生きをするか。伊吹は2つの道の前に立たされた。


 というのが、俺が父から聞いた話だ。父は今も生きている。音楽は趣味と割り切って、長生きする方を選んだからだ。

 この話を聞いたとき俺は中1で、音楽を始めたばかりだった。こんな馬鹿げた話を信じたわけではなかったが、どうして27倶楽部の入会を蹴ったのか、理解に苦しんだ。俺なら、伝説を作り、27歳でこの世を去る。短いが死んでもなお、人々の心に残るような生き方がしたい。何も成し遂げられないのなら、長く生きたって仕方ない。だから、平凡な人生を選んだ父に失望し、カッコ悪いとさえ思った。

 そして今、20歳になったばかりの俺の目の前に、ファンキーな出で立ちをした妖精が陽気に踊っている。父から聞いていた通り、ド派手なメイクで、全身スタッズまみれの衣装を着ているが、蛍光ピンクの髪の毛は、蛍光グリーンに変えたようだ。

 俺は、決断を迫られていた。選択肢は2つ。伝説を作り27歳でこの世を去るか、音楽は趣味と割り切って長生きをするか。父が立ったであろう、2つの道の前に俺も立っている。

 今日、ロックの妖精が出現した事は、俺としてはラッキーだといえる。俺がボーカルを勤めるロックバンド〈ペガサス〉は、半年後にメジャーデビューすることが決まっている。このあとデビュー曲のレコーディングが控えている。27倶楽部に入会すれば、デビュー曲はヒットを約束されたようなものだ。バンドメンバーの喜ぶ顔が目に浮かぶ。そして、俺はあと7年の命となる。

「そっか、俺はあと7年で死ぬのか。7年っていや、あっという間だろうなぁ。あと7年か…あと7年ね…」

 一応入会しなかったパターンも考えてみることにした。基本、入会するつもりだけど、念の為だ。入会しなかったら、デビュー曲はヒットしない事が約束されたようなものだ。ヒットしないのは、デビュー曲だけじゃないだろう。出す曲、出す曲、ヒットしないわけだ。そうなると、あっけなくメジャー契約は切られるだろうな。いや、違うな。父のケースから考えるに、メジャーデビュー自体が取り消されてしまうかもしれない。ペガサスは羽ばたくことなく散ってしまうのか。バンドメンバーの悲しむ顔が目に浮かぶ。27倶楽部の入会を蹴るということは、ミュージシャンとしての未来を捨てるという事だ。その代わり、27歳以降も俺の人生は続くというわけだ。何も成し遂げられないが、長く生きられるのだ。基本、入会するつもりではいるが、本当にそれでいいのか。どうするよ、俺。


 というのが、伊吹翔が祖父と父から聞いた話だ。祖父と父は今も生きている。音楽は趣味と割り切って、長生きする方を選んだからだ。

 この話を初めて聞いたとき、伊吹翔は中1で、まだ音楽を始めてなかった。27俱楽部の事は知らなかったし、興味もなかった。だから祖父が突然、そんな話をするものだから、いよいよ認知症が始まったんじゃないかと、心配になった。その後、父からも似たような話を聞かされて、我が家はどうなってしまったんだ。終わった。と、頭を抱えた記憶がある。

 そして今、16歳になったばかりの伊吹翔の目の前に、ファンキーな出で立ちをした妖精が陽気に踊っている。祖父も父も20歳の頃に現れたといっていたが、出現する年齢を4歳早めたようだ。

 2人から聞いていた通り、ド派手なメイクで、全身スタッズまみれの衣装を着ているが、蛍光に染めていた髪の毛は、地毛である黒に戻したようだ。2人の時と大きく違うのは、ロックの妖精はひとりではなく…いや、ソロではなく、4人編成のバンドメンバー(ボーカル兼ギター、ギター、ベース、ドラム)でやってきていた。他のメンバーもド派手なメイクで奇抜な衣装であった。メンバー全員の降臨となったのは、2世代に渡って入会を断られたことが原因だろう。ロックの妖精は、27倶楽部の入会を執拗に迫ることはしない。ただ音楽の素晴らしさをアピールすることは出来る。

「君の音楽は伝説となるぜ、ベイビー」

 ロックの妖精たちは、長い髪を振り乱しながら、激しく楽器を打ち鳴らす。彼らが奏でる迫力あるサウンドは、伊吹翔の心に突き刺さる。

「その代償に、27歳で死ぬけどいいよな、ベイビー」

 というわけで、伊吹翔は、決断を迫られていた。選択肢は2つ。伝説を作り27歳でこの世を去るか、音楽は趣味として割り切って長生きをするか。祖父と父が立ったであろう、2つの道の前に伊吹翔も立っている。

 中1まで音楽に興味のなかった伊吹翔であるが、半年ほど前に突如として音楽に目覚めた。今は毎日のようにボーカロイドソフトを用いて楽曲制作に勤しんでいる。いずれは人間の歌手に唄ってもらい、音楽ユニットを結成して、ライブをやりたいと考えていた。

 今日、ロックの妖精が出現した事は、伊吹翔としてはラッキーだといえる。SNSに自作の曲を初めて投稿するところだったのだ。27倶楽部に入会すれば、その曲はSNSで注目を集めることが約束されたようなものだ。そうなると、その曲を唄いたいという歌手が現れ、音楽ユニットを結成することになるかもしれない。そしてその曲は、社会現象になるほどヒットすることが、これまた約束されたようなものだ。ただ、そうなると、あと11年の命となる。

 ロックの妖精は考えたのだ。16歳という年齢は青春真っ只中。夢や希望に満ち溢れている。その一方で人に影響されやすくコントロールしやすい。だから年齢を早め16歳の時にやってきたのだ。

 ただ、それでも、やはり余命宣告は辛いものだ。

「そっか、俺はあと11年で死ぬのか。11年と聞いたら随分先の事のように感じるけど、27歳で死ぬんだよな。27歳っていったら、人生これからって時だろうな。ああ~、27歳で死ぬのか…」

 伊吹翔は、一応入会しなかったパターンも考えてみることにした。入会しなかったら、投稿した曲は、SNSで注目されない事が約束されたようなものだ。この曲だけじゃないだろう。出す曲、出す曲、注目されないわけだ。そうなると、人間の歌手に唄ってもらうことは叶わないだろう。音楽ユニットを結成することもないわけだ。ライブをやりたければ、自分で唄うしかない。たまには小さなライブハウスで唄う事もあるだろうが、それも注目を集めることはない。27倶楽部の入会を蹴るということは、ミュージシャンとしての未来を捨てるという事だ。祖父と父のケースから考えるに、音楽は趣味と割り切って続けていくしか道はないという事か。

 2人の成し遂げられなかった夢を叶えるべきか、2人のように音楽は趣味と割り切って長生きするか。さ、どうする、伊吹翔。

 それにしても、さっきからロックの妖精たちが、すげぇ見て来る。あんな切なそうな目で見られると、断わりづらいよなぁ。


 そうして11年の月日が経過した。あっという間だった。伊吹翔はステージの上に立っている。

「じゃ聞いて下さい。最後の曲『伝説じゃなくてもいい』」

 マイクを通した伊吹翔の歌声が会場を包み込む。


♪命を削って作った曲は、儚く美しいメロディだろう。♪だけど、長生きして作った曲は、重く優しいメロディさ。


 伊吹翔の曲は、客席のオーディエンスの心に響いているのだろうか。それとも、趣味で作った曲は、届かないのだろか。伊吹翔はステージ上から叫び続ける。


♪ベイビー、長生きしようぜ~!♪ベイビー、生きてこそだぜ~!


 そのライブハウスの一番後ろに、ロックの妖精とビシッとスーツを着込んだマネージャー風の妖精がいる。このところ、27倶楽部の入会者がめっきり減っているので、現地調査にやってきたのだ。

「時代の変化ですかね。昔は二つ返事で入会する方ばかりだったんですが」

「今は、人生100年時代と言われているぜ。27歳は若すぎるぜ、ベイビー。思い切って年齢を上げようぜ、ベイビー」

「27倶楽部ですからね。27歳でないと」

「そんなくだらない事にとらわれてどうする、ベイビー。年齢を上げるべきだぜ、ベイビー」

「例えば何歳ぐらいなら入会すると思います」

「77歳、ゾロ目だぜ、ベイビー」

「大往生しちゃってるじゃないですか。ご存知だと思いますが、寿命と引き換えにとびっきりの才能を与えるというシステムでずっとやってきているわけですよ。もっと若い年齢でないと」

「今の時代、誰が命を削ってまで才能が欲しいと思うんだ、ベイビー。命より大切なものなんてないんだぜ、ベイビー。割に合わないんだよ、ベイビー」

「時代錯誤ってことですか」

「今は伝説より命だぜ、ベイビー。ほら、あいつも唄っている。♪ベイビー、長生きしようぜ~!♪ベイビー、生きてこそだぜ~!」

「唄わなくていいですよ。それに、さっきから、ベイビー、ベイビー、うるさいな」