小説

『ウラシマタロウの妻』川瀬えいみ(『浦島太郎』)

 余命宣告を受けた。私に残された時間は長くて一年。

 私に不意打ちを仕掛けてきた凶賊は副腎白質なんとかの成人大脳型という病気で、その標的を一人の例外もなく、発症から二年以内に植物状態に陥らせ命を奪う凄腕のターミネーターだそうだ。私は発症から一年は経っているらしい。

 小児のうちに発病し、かつ、ごく初期の段階に骨髄移植を行えば、生存可能性は格段に上がるが、成人後に発症した患者への治療法は、現時点では無い――とのことだった。

 そう。現時点では。

 二十一世紀に入ってからの再生医療の発展の著しさを考えれば、これから五十年、長く見積もっても百年のうちには、この病を根治できる治療法が確立されるだろうと、私を診た医師は、絶望的な希望を語ってくれた。

 百年後に治療法が確立? 余命一年と宣告したばかりの相手に向かって、よくそんな話ができたものだ。魯鈍と紙一重、むしろサイコパスと紙一重の中年医師の無神経ぶりに、私はいっそ感心してしまった。その脂ぎった面の皮に、拳はもちろん、言葉で触れることすら耐えられそうになかったので、私は医師の前では沈黙を守ったが。


 私は先日三十歳になったばかりだ。結婚して三年、娘がまもなく満一歳になる。

 妻とは大伯父夫婦の仲介で知り合った。彼女の釣書きを持参した際の大伯母の売り文句は、「清楚でお淑やか。絶滅危惧種のやまとなでしこよ」だった。健康で家柄も申し分なかったので、私は大伯父夫婦に薦められるまま彼女と結婚した。

 やまとなでしこ。それはたおやかな日本女性を指す美称だが、カワラナデシコの異名でもある。つまり野草の名だ。

 鄙びた在所の河原で、たくましい雑草たちの陰に隠れるように咲く、か細い薄桃色の花。自力で動くことはできず、ゆえに自己主張もできず、ひっそりと命を繋ぐ植物。

 なでしこの花は、確かに清楚で可憐だが、その姿に薔薇やダリアのような華やかさはない。性的魅力には欠ける。

 しかし、彼女は、私が社会的信用を得るには最高の伴侶だった。

 家事も完璧。キャッチコピーに嘘偽りなし、理想を絵に描いたような良妻賢母。

 私は、よくできた妻のおかげで、家庭内のあれこれに煩わされることなく、着実に、出世街道を歩むことができていた。


 順風満帆だった私の人生が、ここで終わってしまうというのか? 冗談じゃない。私は死にたくない。

 そもそも、あの魯鈍なサイコパス医師が弾き出した余命など信じられるものか。私は、私に余命宣告した無神経医師を早々に見切り、他の代謝内分泌の専門医たちに意見を求めた。残念ながら、無神経医と異なる回答を私に与えてくれる名医は一人もいなかったが。

 とはいえ、私がセカンドオピニオンを求めたことは、決して無駄ではなかった。希望を捨てずに幾つもの病院を渡り歩いたからこそ、私は知ることができたんだ。延命法人『竜宮城』の存在を。


 昔話の浦島太郎は、乙姫に招かれた海の底の竜宮城で、彼女と共に飲めや歌えやの楽しい日々を過ごす。やがて郷愁の念にかられた太郎は故郷の村に帰るのだが、竜宮城で享楽の三年間を過ごしているうちに、地上の村では七百年の時が経過していた。海の底の竜宮城と地上の村では、時間の進む速度が何百倍も違っていたんだ。

 これと同じ状況を人工的に作り出し、クライアントに提供する企業。それが『竜宮城』だった。

 現在では治療法のない不治の病に侵された人間の身体を、治療法が確立するまで冷凍保存する技術――クライオニクス。

 最初に聞いた時は、詐欺商法の一種だと思った。だが、半信半疑で調べているうちに、それが詐欺でも御伽噺でもSFでもないことがわかってくる。既に、世界中で一万人ほどの人間が、未来に希望をつないで竜宮城のシステムに己が身を委ねていることも確かめられた。

 解凍後のことは、すべて自己責任。費用は、一括の前払いで三千万。

『詐欺にしても法外!』と思ったさ。だが、同時に、その思いあがった殿様商売ぶりが、提供サービスに対する自信の表われに思えたんだ。


 いずれにしても、迷っている時間はなかった。余命は長くても一年。私は、明日にも寝たきりになるかもしれないのだ。

 私は、現在に見切りをつけ、竜宮城に行くことを決意した。

 妻には相談しなかった。時間が惜しかったからだ。

 親族に打ち明けることもしなかった。反対されるのが目に見えていたからだ。

 私は、妻のために、夫の欄を記入した離婚届を用意。竜宮城契約の費用は私個人の貯金で賄った。

 夫としても父親としても無責任だという自覚はあった。だが、たった一年、妻子と同じ時をぐずぐずと生きて、それが妻子のためになるのか? なるはずもない。すっぱり縁を切ってやるのが、真の優しさというものだ。

 いや、綺麗ごとは言うまい。私は妻子のことなど考えていなかった。私は、どうしても生き延びたかった。死にたくなかった。ただそれだけだったんだ。


 私が長い眠りから目覚めたのは、竜宮城の冷凍保存装置に入ってから百年後。

 私の病気の治療法は確立し、国の指定難病リストからも除外されていた。解凍と同時に処理が施され、目覚めた時点で、私は健康体になっていた。もちろん、私の肉体は三十歳の時のままだ。

 妻と娘は亡くなっていた。生きていれば、妻は百二十五歳、娘は百一歳。現在の日本人の平均寿命は九十五歳まで延びているそうだが、さすがに妻子は存命ではなかった。

 親族も姻族も、百年前には私の出世のライバルだった者たちも――私を直接知る人間はすべて他界していた。当然だ。あれから百年の月日が経っているのだから。


 妻は、私との離婚手続きをとらなかったそうだ。彼女は再婚を考えもしなかったのだろう。『貞女は二夫にまみえず』。やまとなでしこの面目躍如といえる振舞いだ。

 娘は結婚せず、子を儲けることもなかった。

 夫に捨てられたも同然の母親を見て育ったんだ。私の娘が恋や結婚に夢や希望を抱けなかったとしても、それは致し方のないことかもしれない。

 百年の時を経て蘇った私は有名人だった。竜宮城システムの成功例としてではない。その例は、私の他に既に幾例もあった。

 そうではなく――私は、家族を見捨てた夫に変わらぬ愛を捧げ続けた『最後のやまとなでしこ』の冷酷な夫として、有名人だったんだ。私の悪名は世界中に鳴り響いていた。


 財も、別れの言葉も、謝罪の言葉すら残さずに、私が竜宮城に行ったあと、妻は幼い娘と二人で生きていく術を探さなければならなかった。

 もちろん、私の身勝手な振舞いに責任を感じた大伯父夫妻をはじめ、私の両親や妻の富裕な実家は、取り残された母娘に全面的な援助を申し入れた。ところが、妻は彼等の親切を、やわらかく遠慮がちに、だがきっぱりと拒んだのだそうだ。

 新しい家庭を築くために親元を離れたからには、一人の自立した大人として、我と我が子の世話は自力で行なう。それがやまとなでしこの考えだったらしい。それができるだけの教育は受けさせてもらったと、彼女は最後の最後まで両親に感謝していたそうだ。

 そして、実際に、彼女は、夫を欠き父親を欠いた家庭を一人で営んでみせた。

 華道某流派の指導資格を有していたことが、その一助となったと聞く。


 彼女を有名にしたのは、『ウラシマタロウの妻』というドキュメンタリー番組だった。そのドキャメンタリーに採り上げられた彼女は、頑是ない乳飲み子と共に夫に捨てられたにもかかわらず、夫を慕い続ける貞淑な妻として生きる日々の様を、全世界に向けて披露してみせたらしい。鄙びた在所の河原で、たくましい雑草たちの陰に隠れるようにひっそりと咲く、か細い薄桃色のなでしこの花のような生き様を。

 そのドキュメンタリー番組が公開されるまで、顧客が一部の富裕層に限られている竜宮城システムは、“知る人ぞ知る”存在だった。それが初めて公共の電波に乗り、大衆の知るところとなった。経済的に余裕のある者だけが恩恵を被ることのできる延命システムが存在するという衝撃の事実、その不公平感に対する庶民の憤りも相まって、ある意味、時代錯誤な妻の健気さは、各方面で大いに物議をかもしたらしい。

 自分勝手な夫に操を立てる(この言い方!)妻の生き方を批判する者はいても、妻を嫌う者はいなかった。おそらくは、妻が(傍から見る分には)薄幸そのもので、あまりにも気の毒な境遇にあったから。

 妻は、真の絶滅危惧種『最後のやまとなでしこ』として、その名を世界に轟かせることになったんだ。


 その死に際して、妻は、オンライン上にメッセージを残していた。

 世界中の人々に向けた、ささやかな願い。『竜宮城から帰ってきた夫を、どうか温かく迎えてやってください。私の大切なひとを、浦島太郎のように、途方に暮れさせないでください』という、優しい言伝てを。

 妻が亡くなった時には、世界中の人々が、様々なやり方で、彼女になでしこの花を贈ったのだそうだ。

 妻の死後、娘は、私個人に宛てた妻の遺言を公開した。

『あなたはあなたの人生を存分に生きて、できれば新しい家庭を築き、幸せになってください。

 あなたの決断のおかげで、私は、あなたの死を直視せずに済みました。帰らぬ人を偲び悲しみながらの一生を生きずに済んだのです。あなたは生きているのだという希望を持って、私は私の人生を生きていられた。

 その上、あなたは、私に娘という宝石を残してくださった。

 たくさんの人が、私を励まし、私たち母子を見守り続けてくれました。

 私は、決して孤独ではありませんでした。

 身に余るほどの好意、愛情、援助。何の取りえもない平凡な女が、これほど多くの人に愛されて生きることができたのは、すべてあなたのおかげです。

 心から感謝しています。

 そして、心からお慕い申し上げております』

 なんという寛容、愚かしいまでに優しい心。なんという健気、いじらしいまでに真っすぐな思慕の念。

 世界は感動した。

 私個人に宛てたこの遺言が、『高潔な無償の愛の人』という妻の評価を揺るがぬものとした。


 そして、妻の死の二十年後。再び全世界に向けて、今度は私に宛てた娘の遺言が公開された。

『お母さんが愛していたので、私は、あなたを憎むことはできませんでした。生きるのに必死で、あなたを憎む余裕もなかったというのが本当のところです。

 私の一生は、あなたの不幸を願うような惨めなものではなかったので、その点は心配ご無用。

 あなたが幸せに長生きできることを祈っています。皮肉にではなく、心から』

 母の生き方を是とせず、けれど否定もできなかったのだろう、私の娘。

 全世界の人々に託された娘の遺言が、私という人間の下劣で卑しい人間性を決定づけた。


 自分の命惜しさに妻子を捨てた男。自分の命を永らえるために全財産を使い、妻子のためには何も――愛のひとかけらも――残さなかった男。

 それが、私に対する世界の評価だった。

 私を軽蔑している者、嫌っている者、高みから憐みの視線を投げつける者たちが、この世界には満ち満ちている。

 妻の愛と誠を疑う人間は、この世界にただの一人もいない。私も、妻の心を疑っているわけではない。疑えるわけがない。

 妻は、愛していたのだろう。私のように冷酷で我儘な男を、愚かなほど一途に。

 もしかしたら、妻としてではなく、女としてでもなく、母のように。

 それは、真実の愛、永遠の愛、死して消えぬ愛だ。彼女が『正しい』と信じる愛と生き方。

 妻が有名になった頃、「自分勝手な夫を、本当は憎んでいる」と言わせるために、あの手この手で、妻への取材を試みたひねくれ者がいたようだが、そういった輩に対して、妻はただ不思議そうに微笑むだけだったらしい。

 清楚で可憐なカワラナデシコに、裏の心などあるものか。妻の愛は誠心のものだ。

 花の心を、欲と猜疑の膜で覆われた目をしか持たない人間に窺い知ることなどできるわけがない。

 鄙びた在所の河原で、生命力旺盛でたくましい雑草に淘汰されることなく、か細く薄桃色の花を咲かせるなでしこの強さを、妻は生涯守り抜いたのだ。


 生きたいと望むことが間違っていたのか。

 どうすればよかったのか、私にはわからない。

 誰も愛さなかった私は、今、清く穏やかな無償の愛に復讐されている。