「やだ、見ないでっ」
なんて言われたら、喜んでしまう。たぶん性癖なのだと思う。
だから、今まで付き合った女の子たちは、いかにも美人って感じの子はいなかったし、内気なタイプが多かった。
見つめると恥ずかしそうに顔を逸らす子。一緒にシャワー浴びようと誘ったら断る子。ともに夜を過ごした朝もけっしてスッピンは見せない子。そんな子が好きだ。懸命に隠す一面を暴きたくて、ちょっかいを掛けてしまう。「もぉやだー」なんて泣き顔を見せられたら最高だ。
その反面、しばらく付き合って、慣れてスッピンを見られても平気にしていたり、ましてや垢抜けて容姿に自信を持つような仕草に気付くと、萎えてしまう。「どう? 私可愛くなったでしょ」なんて言われた日には! とはいえ、こちらから振ったことはなくて、そんな俺の態度に失望した女の子の方から振られてばかり。
最近付き合い始めた都留さんも、地味で大人しい子で、学食で空席が見つからずにおろおろしていたところに声を掛けて知り合った。見つめると真っ赤になってぷいとそっぽ向くのが可愛い。交際経験どころか男慣れもしてないので、ゆっくりペースで一緒に並んで講義を受けたりしている。いつも俺が話し掛けて、都留さんが言葉少なに返事するという感じ。
「絶対見ないでくださいね」
そんな都留さんが語気を強めて言ったのが、白いノートのことだ。見せてと頼んでも、断られた。トイレに行く時もしっかり鞄にしまって持って行くから、盗み見るチャンスもない。
てか、ノートって。スマホ見るなというなら分かる。けどノートって!
一体なに書いてるんだろう。日記とか、小説とか? ポエムかもしれない。見たい。見たい見たい。折につけ隙をついて覗き見ようとするものの、都留さんのガードは固い。見せて。いやです。そんなやりとりをするうちに、徐々に彼女との距離も縮まる。
以前より仲良くなった。と思うのに、なんとなく壁を感じる。彼女は何か大事なことを隠しているような感じ。そもそも俺は、都留さんのこと何も知らないのだ。ある日突然出会った彼女。化粧気はなく、いつも分厚い眼鏡とマスクをしている。真っ黒でストレートのロングヘア。ブラウスと膝下まである長いスカート。口数は少ない。誰かと話しているところを見たことがない。専攻すら教えてくれない。
都留さんと親しい人に、彼女のことを聞いてみよう。そう思い、学内の友人に声を掛けるも、都留さんの知り合いには行き当たらない。それどころか、「そんな奴うちの大学にいなくね?」だと。彼女、ある意味目立つと思うんだけど、存在さえ誰も知らないなんて。
講義終わりや昼休みの後、都留さんのあとを何度か尾行したことがあるけれど、いつも途中で見失ってしまう。
そんな折、チャンスが訪れた。授業中、教壇までプリントを提出する機会があった。大教室で、後方の席に並んで座った俺たちから教壇までは遠い。早々にプリントを仕上げた都留さんが席を立つ。席に残された鞄から、例のノートが見える。いや、さすがに女子の鞄を勝手に探るのはダメだろう。そう思いながらさっとノートに手を伸ばす。悩んでいる暇はない。彼女にばれなければ、それは見ていない状態と同じことなのだ。シュレディンガーの猫だ。ちがうか。
彼女の後姿をちらと確認して、白いノートを開く。
ぱらぱら頁を捲ってみる。
ない。
それは白いノートだった。真っ白な、何も書かれていないノート。何も書かれていない。
何事もなかったようにノートを鞄に戻し、席に戻った都留さんに「この課題難しいのに早いね」と笑い掛ける。彼女はちらと鞄に視線を向けた気もしたが、何も言わなかった。
知ろうとなんてしなければよかった。
都留さんのことが分かったと、友人から連絡があった。
「鶴見カオルさん」
呼び掛けに対して反射的に振り返った彼女は、分厚い眼鏡の奥で気まずそうな顔をした。
「都留さんじゃなくて、鶴見さんだったんだね」
鶴見さんの高校時代の写真が手に入ったと、友人が見せてくれた写真。ふわふわに巻いた肩までの茶髪に、愛らしいメイクをした女の子が写っていた。一見するとまるで別人だが、よく見ればその素顔は確かに都留さんに相違ない。
「なんで名前まで変えたの」
都留さんは真っ赤になって俯いている。たくさんの思いを胸の内に秘めて。可愛いなと思う。いちばん、かわいい。
「白いノートも本当は隠す必要なかったよね。名前も姿も何もかも、どうして俺に隠してたの」
我ながら野暮な質問をする。けれど、止まらない。暴きたくて堪らない。かわいいかわいい彼女のことを。
「……雪本くんが、そういう女の子が好きだって知ってたから。あなたに好きになってもらいたかった」
消え入るような声で鶴見さんが言う。
「うん」
それでまんまと俺は彼女に嵌まったわけだ。今までの誰よりも、彼女のことを好きになった。そうして今、隠していたものを打ち明けてくれた彼女を心から愛しいと思う。同時に、心のどこかが急速に冷えていくのを感じる。
「あの、これからも一緒にいていいですか?」
見上げる彼女に、微笑み返す。
そのうちきっとまた、俺は彼女に振られる。